123号

好きじゃ、北条

しびれるほど…というあなたにお勧めの一冊。

北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ)北条氏と鎌倉幕府 (講談社選書メチエ)
(2011/03/11)
細川 重男

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大丈夫?これ大丈夫?と読みながら心配になるほどフランクな文体と分かりやすい構成、あふれる鎌倉幕府愛で、グイグイ読めました。
北条氏はなぜ将軍になれなかった/ならなかったのか、という問いから始まって、なれなかった/ならなかったのなら、北条氏の支配に正統性を与えていたのは、どんな論理か、を解き明かす本です。
が、それらの問いや論理に壮大な答えを期待していると、たぶん肩すかしを食らうんじゃないかと。
少なくとも本書前半の主役である義時の時代にそれはなく、むしろ、義時の事績が神話を産み、それが、本書後半の主役である時宗の時代に整理されて、得宗専制の時代に、一種の徳治主義のような思想を産んだ…という理解でよろしいのか。
読み終わると、二人だけでなく北条氏、そして、鎌倉武士が愛しくなります。
ネタばれを恐れず、本文ラストの数行を引用。

 鎌倉幕府の歴史は、迷走と混乱の連続であった。政権運営の知識も経験もなかった東国武士たちが作った鎌倉幕府は、王朝以外に手本らしい手本を持たず、試行錯誤を繰り返した。その手探りの中で、呆れるほど多くの血がムダに流されていった。
「こんな時代に生まれなくてよかった」
 と安堵する人もいることだろう。しかし、義時・時宗をはじめ「こんな時代」に生まれてしまい、それゆえ野蛮で無知だった人々は、それでも今日よりよい明日を築こうと、文字通りの悪戦苦闘を続けたのである。

好きじゃ…北条、しびれるほど…。
本当に読みやすくておもしろいので、是非。
大河ドラマ『平清盛』の泥まみれで野菜作りの上手い北条時政や、『北条時宗』の兄弟が好きだったあなた、特に後者には是非。
同じ著者の『鎌倉北条氏の神話と歴史― 権威と権力 ―』 という本が元になった本らしいので、それも読もう、と思ったら、品切れになっていました、残念なり。

「だが断る」

みどりちゃん(小鳥)のカゴを掃除するため、実家からもらってきた新聞を広げたら、斎藤環先生が載っていました。
朝日新聞2012年12月27日のオピニオン。
うちでは取っていない新聞なので、今となっては物珍しい。
ちょっと前に、『世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析』を読んだばかりだったので、お!と思い、じっくり読む。
「ヤンキー社会の拡大映す」というタイトルで、自民党は右傾化しているというよりヤンキー化している、サイレントマジョリティーたるヤンキー層の支持を受けての圧勝、など。
『世界が~』の内容を、現政権に絡めて、コンパクトに説いた内容でした。
『世界が~』については、私は特に「野郎どもは母性に帰る」がおもしろかった。
ただただ自分の嗜好との関係で、「野郎どもは~」で書かれた、「ヤンキー文化=女性原理のもとで追求される男性性」に膝を打ちました。

世界が土曜の夜の夢なら  ヤンキーと精神分析世界が土曜の夜の夢なら ヤンキーと精神分析
(2012/06/30)
斎藤 環

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『ジョジョの奇妙な冒険』の第4部は、いろいろなヤンキーが登場するヤンキー群像なのに、まったくヤンキーテイストがない=いわゆるヤンキー漫画ではない、というのは、この本で指摘されて初めて気づきました。
そういえばそうだ。

ところで、上で斎藤環先生と書きましたが、ここで人の名前を出す場合に、敬称はつけるべきなのか、つけるなら、どんな敬称をつけるべきなのか、いつもとても迷います。
上に書いた新聞記事で、斎藤環先生の横には、漫画家の小林よしのり先生が出ていましたが、小林よしのり先生は、何となく自分の中で違和感があります。
『おぼっちゃまくん』の昔に立ち戻っていえば、よしりんはよしりんだよなあ。
昔、たぶん久世さんの本で、呼び捨ては死後の敬称、というのを読んで、こういうとき必ず思い出すんだけれど、久世さんのどの本だったか思い出せない。
(そして、久世さんのことは、何となく、久世光彦先生ではなく、久世さんと書いている)

『足利義満』

中公新書の『足利義満』が、とても面白いです。
新書とは思えないほどの情報量で、ひとり足利義満というよりは、この辺りの日本史で誰が何をしていたかが一冊で大体分かるほどのボリュームながら、高校で日本史は選択せず、義満と言われると、『一休さん』の将軍様しか浮かばない私にも理解できる親切設計。
義満と揉めた後円融院が、父親の御経供養を行ったとき、廷臣も僧侶も誰も来なかった、というところでは、星飛雄馬が誕生日会だったかクリスマス会だったかを開いたとき、誰も来なかった、例のアニメの泣きたくなるような回を思い出します。
しかし、読めば読むほど、大河ドラマ『足利義満』は無理だな、と思わざるをえません。

足利義満 - 公武に君臨した室町将軍 (中公新書)足利義満 - 公武に君臨した室町将軍 (中公新書)
(2012/08/24)
小川 剛生

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『ごんぎつね』 礼讃

今も昔も小学校の国語の教科書に載っている、新見南吉の『ごんぎつね』。
あれは、優しく生きることは美しい、が、リスクがある(場合によっては死ぬ)。
リスクがある、が、美しい。
さあ、お前はどう生きる?と静かに迫ってくる話だと私は思っていて、そう考えながら読むと、兵十の母親が死に際に食べたがったウナギを、いたずらで逃がしてしまい、後になってそれを悔いて、必死に償うけれど、空回りの果てに、分かってほしかった相手、自分と同じ親なしの境遇にシンパシーを感じ、おそらくは友情を感じていたんだろう兵十その人の手に寄って命を落とす、《ごん》は、ウナギを逃がしてしまった後、兵十が病気の母親のためにウナギを獲っていたことに気づいて、

「兵十のおっ母は、床とこについていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで兵十がはりきり網をもち出したんだ。ところが、わしがいたずらをして、うなぎをとって来てしまった。だから兵十は、おっ母にうなぎを食べさせることができなかった。そのままおっ母は、死んじゃったにちがいない。ああ、うなぎが食べたい、うなぎが食べたいとおもいながら、死んだんだろう。ちょッ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」

(引用は青空文庫から)

なんて考えなければ、考えて、兵十に償いのようなことなど始めなければ、後々まで、中山のいたずら狐として、おもしろおかしく暮らせただろうに、と思うと同時に、ひがん花の赤と、兵十の取り落とした火縄銃の口からのぼる煙の青で彩られた秋の風景の中に、《ごん》の骸のぽつんと置かれた、その絵の美しさに、たまらなくなります。
そして、こんなことを、ストレートに子どもに伝えることなど、できるはずがないので、ゆえに、『ごんぎつね』は、これから100年経っても教科書に載り続けてほしい、と思うのです。

10月6日7日は、半田の秋祭り。

すべての父子にフォースの導きがあらんことを!

『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』を読む。
もう100回目くらいだけれど、読む。
この本の中のヴェイダー卿は(ところで、ヴェイダーとベイダーは、どちらが正しいのか)、息子がフォースの力でクッキーの缶を持ち上げたり、ハロウィンで他の子どもたちと一緒にお菓子をもらいに行くのを見守ったり、かと思えば、すり傷に絆創膏を貼ってやったり、果てはグリードとの(正に)子どもの喧嘩に親が出たりと、かなり子煩悩な、割と甘い父親だと思うんですが、思い返してみると、映画のパパも、そういえば息子には甘いというか、私が導いてやるとか仰って、決して切り捨てようとはしなかった(息子の腕は切り捨てましたが)。

『ダース・ヴェイダーとルーク(4才)』には、『スターウォーズ』の名場面のパロディも出てきます。
『帝国の逆襲』の《私がお前の父だ》の場面のパロディ。
4才のルークが、例のダクト的なところで遊んでいるのに、心配したダース・ヴェイダーが、
《ルーク!危ない!戻ってきなさい》
と手を差し伸べるのには、とてもグッときます。
元ネタとのギャップがあるからグッとくるような気も、逆に、根が同じだからこそグッとくるという気も。
また、このページで焼け切れた(ライトセイバーの禍)パイプが、ちゃんと描かれているのも、芸が細かくて良い。
ダース・ヴェイダーとルーク(4才)ダース・ヴェイダーとルーク(4才)
(2012/05/28)
ジェフリー・ブラウン

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《だめだ、ハン・ソロとは遊ぶな》には、笑った。