123号

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

旅行の話 6

9月26日(月)曇

帰国の日。

出発の朝も生ハムを食べる。
ドライバーさんは行きと同じ人で、しかし、車は違った。
運転は上手く荒い。
道を走っていると、ベンツやBMW、ワーゲンといったドイツ車が目につく。
ドイツ車が多い。
トヨタも割と見かけた。
日本車では、他に日産が1台。
がんばれ日本車。
ホテルには、JTBから迎えの人も来てくれた。
アジア系の女の人で、英語は通じるし、日本語もだいたい。
非常にありがたい。
7時30分にホテルを出る予定が、なぜか、7時30分ちょっと過ぎには、レオナルド・ダ・ヴィンチ空港に着いていた。
飛行機は、行きと同じフィンランド航空。
時間が早すぎて、カウンターが開いておらず、かなり待つ。
しかし遅い。
開店(?)時間を過ぎても、まだ開かない。
一番乗りだった我々の後ろにも、長い列ができていた。
それなのに、カウンターの中では、航空会社の人たちがお喋りに興じていた。
しかし、一緒に待っていてくれた迎えの人に、「これがイタリアンスタイルなのよ」と言われて、腹が立つより先におかしくなってしまった。
迎えの人は、カウンターでスーツケースを預けた後も付き添ってくれた。
免税手続きも、手伝ってもらう。
手荷物検査を終えたところで、何だか目立たない小部屋に入り、税関のスタンプを書類にもらう。
そして、書類を添付の封筒に入れて、小部屋の裏にある、専用のポストに投函する。
自分で全部やろうとしたら無理だったろうな、と思う。
免税の手続きは、EUの最終出国地で行ってください、と説明書にあったので、ヘルシンキでやるつもりだったのが、ローマでもできた。
何はともあれ、ありがとうです。
迎えの人と別れ、搭乗口へ。
免税店をひやかしたりしつつ、待つ。
しかし、どうやら、途中で搭乗口が変更になったらしく、我々が乗る予定のところから、いつのまにか人の姿が消えていた。
放送はイタリア語だけだったようで、また、案内板の表示は従前のままで、同じく迷子になっていた女の子と右往左往する。
しばらくすると、案内板の表示が更新され、ホッとして新しい搭乗口に向かう。

まずは、ローマからヘルシンキへ。
飛行機内で出された軽食は、ハムとチーズのサンドイッチだった。
パンにナッツが入っていて、おいしい。
オレンジジュースも飲む。
隣の席の人に、ゴロリが、「Tokyo?」と聞かれ、「ノー、Nagoya」と答えたら、Nagoyaって何?という顔をされる。
地味にショック。
行きは寝ていてもらいそこねたアメを、今度こそもらう。
チョコレート入りハッカ飴。
これおいしい!と思い、ぜひ買って帰ろう!と思い、ヘルシンキ空港で探すも見つからず、無念。
ヘルシンキ空港では、飛行機から、いったんバスに乗って空港の建物に入った。
外気温は13℃。
寒い。
さすが北欧。
財布の中に、70ユーロほど残っていたので、今ユーロ安いし、せっかくだからここで使いきろう、と決意。
時間のあまりない中、Longchampの店を見つけ、即決で鞄を買う。
ところで、Longchampというと、『花のズボラ飯』を思い出す。
花さん、雨でLongchampの鞄を濡らして、大後悔してました。
更に残ったユーロは、飛行機の中で売っていたムーミンのエプロンを買って、なくなった。
帰りの飛行機は、私の席のモニタがつぶれていたこともあって、ほぼ寝ていた。
伊集院のラジオのポッドキャストを聞きながら。
夜中にシベリア上空を飛んで、ここがシベリアか!と興奮する。
ipodの音楽を、ムーンライダーズに変え、「ハバロフスクを訪ねて」など聴きながら、また寝て、起きたらセントレアに着いていた。

着いてすぐに実家に電話をかけた。
「みどりちゃん(小鳥)は元気?」と聞いたら、「まず家の心配をしなさい」と父に言われた。
家は、東海豪雨の後に設置された貯水槽のおかげか、床上も床下も浸水しなかったようで、何より。
みどりちゃんも元気だそうで、何より。

以上

スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。