123号

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週末からのこと(長いよ)

広島に行ってました。
金曜日の午後に出て、月曜日の午前に帰ってきました。
金曜日の昼、本当は名駅でお昼を食べて、のんびり行くつもりが、台風が接近していて、遅くなると新幹線もどうなるか分からない、ということで、ホームできしめんだけ食べて、あわてて電車に乗りました。
もし、途中で新幹線が停まっても、大丈夫なようキオスクでチョコレートも買って、きしめんはカロリーの高いもの、とメニューをにらんで、かきあげきしめんにしました。
私の乗った新幹線は、幸いなことに、定刻から少し遅れた程度で広島に着きましたが、途中、岡山に近づいたところで、すでに南風(岡山から高知に向かう電車)などは、運休になっている、とアナウンスが入りました。
にわかに、浸水しやすい地域にある実家のことが心配になり、というか、実家にあずけたみどりちゃん(小鳥)のことが心配になり、めずらしく携帯電話でネットを見て、台風の進路を確かめる。
気持ちを落ち着けようと、車内販売のコーヒーを飲む。
車内販売のコーヒーと言えば、大好きで、新幹線に乗るとよく買うのですが、何年か前、先輩と新幹線に乗っていたとき、先輩が何も言わないのに私の分まで買ってくれて、正確には奢ってくれて、
「前に好きだって言ってたから」
とおっしゃったときには、美女の気づかいに、危うく恋に落ちるところでした。

広島に行ったのは、呉に用事があったからなんですが、予定では、土曜日の朝に呉に着いて、昼過ぎには暇になるから、大和ミュージアムに行こうと思っていたところ、クレアライン(広島―呉間を結ぶ有料道路)が台風の影響で通行止めになるかも、ということで、用事だけ済ませてとんぼ帰り。
タクシーでクレアラインを通る途中、巨大な船が何隻も何隻も、嵐を避けて、広島湾に停泊しているのが見られて、それは何だか良かったのですが、全体的には残念な土曜日でした。
(タクシーの中に傘を忘れて運転手さんに迷惑をかけたりもした)

そして、日曜、前日のリベンジでもう一度呉へ。
呉駅から大和ミュージアムへは、屋根つきの歩道橋で5~10分ほど。
JAFの会員証を見せたらチケットが100円引きになるということで、持っていったんですが、常設展と企画展のセット券の価格が、バラの価格より、すでに100円引きされているということで、出番ナシでした。
(セット券を買った)
天気の悪い日曜でしたが、大和ミュージアムは、かなりの人出でした。
どうも人間が下司にできているので、戦前に呉海軍工廠で働いていた工員さんの給与明細など、じっくり見てしまいます。
月給100円超で共済の掛金とか諸々引かれて手取70円とか80円って、結構いいんじゃないの?とか。
あと、昭和10年に呉市が開いた、国防と産業大博覧会のポスターというか、チラシというか、そういうのが展示されていたんですが、妊婦のミイラとか、外国人ダンサー(?)の妖艶さとか、芸者連の踊りとかも、写真入りでフューチャーされていたのが、何だか意外でした。
(もっと、おかたいものばかりかと思っていた)
しかし、そんな私も、大和乗員の写真や遺書、大型史料展示室の回天の前では、さすがに言葉を失いました。

朝一で入ったのに、じっくり見ていたら、いつのまにか昼もだいぶ過ぎていたので、いったん外に出て、お昼を食べに行きました。
カレーライスとコロッケと鯨カツを食べる。
カレーは海軍さんのカレー、コロッケは東郷さんの肉じゃがコロッケ、鯨カツは鯨カツです。
大和ミュージアムのチケットを見せたら、飲み物がサービスということだったので、チケットを見せて、コーヒーをもらいました。
これも枕詞があって、海軍さんのコーヒー。
しかし、飲食物に、海軍さんの、と付くと何となくおいしそうに感じられるのに、陸軍さんの、と付くと、まったくそうは感じられないのが不思議です。
陸軍さんのカレー、とか、ご飯はきっと白米じゃない感じがします。
お腹を満たし、大和ミュージアムに戻る前に、昔の呉鎮守府へ。
今は海上自衛隊の庁舎になっています。
どんなところか外から見るだけのつもりだったのが、行ってみたら、一般公開をやっていたので、敷地の中にも入れてもらいました。
一般公開は、日曜日の午前と午後1時間ずつ(多分)。
私は、午後最初のグループでした。
写真撮影OKらしく、同じグループには、大きなカメラを提げた人もいました。
広報課の方に案内してもらって、庁舎をぐるっと一周。
今の庁舎は、空襲で壊れた旧鎮守府の建物を、平成12年に復元したもの。
赤レンガ造りで、青いドームがあって、玄関に馬車どめのある、そういう建物を見ると、
「明治村みたい」
と、つい呟いてしまうのが、愛知県民です。
庁舎の前にある松の木が、戦後アメリカ軍に切られて、幹の天辺が平らになっている、という話がおもしろかったです。
庁舎をぐるっと一周、つまり海側にも回るのは、表裏一体でこちらも玄関だからだそうで、明治天皇が船でいらっしゃるから、と造った立派な階段を見せてもらいました。
(しかし、明治天皇は馬車でいらしたので使われなかった)
海の向こうには、江田島も見えました。
庁舎は、今も使われているそうで、玄関までしか入れませんでした。
所要時間は10分~15分くらい。
私たちが戻ってくると、ゲートのところに、次のグループの人たちが待っていました。
同じ時間に、艦艇の一般公開もやっていると知って、一瞬、行くか?と思うも、暑くて心が折れて、駅の方に戻りました。

呉駅前の川を渡るところで、ふと下を見ると、水面が橋ギリギリのところまで来ていました。
広島も、名古屋でも港の辺りはそうですが、海の近くの町に来ると、潮の満ち干きが、川でも見られるのが珍しいです。
おもしろいねえ、と眺めていたら、隣に停まった車の後部座席で、若い男性がギターを弾き、その隣でギターにあわせて女性が歌っていました。
歌は、「そばかす」でした。
JUDY AND MARYの、『るろうに剣心』の。
結構な大音量で弾き、そして、歌っていたため、交差点にいた皆さんが見ていました。
楽しそうな後部座席の2人に対し、運転席と助手席の若者2人が、まるで無表情なのが印象的でした。
友だちじゃないといいなあ。

駅に戻って、大和ミュージアムにもう一度入って、今度は企画展です。
ここでも給与明細をじっくり見てしまいました。
確か動員学徒のです。
天引き前が70円くらい…だったか。
大正後半~昭和前半の人々の暮らしに関する企画展で、ポスター等は、こうの史代。
中に入ると、社会情勢に合わせて、時代が5つくらいに分けられていて、不確かですが、大正9年~昭和10年とか、昭和18年~昭和20年とか、それぞれのブロックの前に、こうの先生の絵がありました。
その絵は、ある家族の食卓の様子を、その時代時代に合わせて描いたもので、特に説明はないんですが、順番に見ると、この弟らしき人はこの間に独立して家を出たのね、とか、長男は出征して、次男がいないのは疎開だろうな、とか、おばあちゃん亡くなったのか、とか、いろいろ想像できるのがおもしろかったです。
一つ謎なのは、長男が復員して戻ってきたときの絵で、イス(代わりのバケツ)も、ご飯も、6人分用意されていること。
おじいちゃんがお父さんとは別に買出しに行っていて、まだ帰っていないからなのか、それとも、おじいちゃんは戦中に亡くなっていて、長男がいつ帰ってきてもいいように、長男のご飯が用意されていたからなのか。
これの絵はがき等がミュージアムショップにあったら、ぜひ買おう、と思ったら、なくて、とても残念でした。

大和ミュージアムを出て、電車に乗って広島に戻って、テレビを見たら、台風がとんでもないことをしていて、驚きました。
再び言葉を失う。
諸々心配だから、月曜は、朝一の新幹線で名古屋に戻ろう、と思いました。
和歌山の友だちから、無事のメールがあって、とりあえず安心して寝ました。
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チョコレートなるほどこぼれ話 | 2011年09月07日(Wed) 08:28


 
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