123号

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本当はおそろしいオブラート

 先日もここで書いたように、私は今、朝晩の食前にお薬を飲んでいます。それで本日、ヒドイめにあいました。いや、自業自得なんですが。
 これも先日書いたように、飲んでいるのは粉ぐすりです。私は粉ぐすりが苦手なため、服用の際には必ず、オブラートを使用しています。先端のとがった袋状の高いオブラートではなく、普通の丸い安いオブラートです。100枚100円。

 で、今日、何がいけなかったのか、そのオブラートのうち、一番うえのやつが、ケースの蓋とオブラートの間に挟んである薄紙に、一部ペタッとはりついていました。ご存知のとおり、オブラートというのは、水気に触れると、ベタベタしたり穴が開いたりするのです。雨が降っていたからでしょうか。ともかく、はりついたオブラートを引っ張って薄紙からぺリッとはがすと、一部破れました。
 破れたオブラートは、もうオブラートとしての用をなしません。そのまま捨ててもよかったのですが、生来の貧乏性で、「もったいない」と思ってしまったのです。これがいけませんでした。私の飲んでいる粉ぐすりは、一包の量が多く、オブラートで包んだとき、いつも端からあふれてしまいそうになるのが、不満でした。そこで、破れたオブラートの再利用として、分かりますでしょうか、栗きんとんみたいな形になった薬の包みの上から、もう1枚、破れたオブラートをかぶせて、栗きんとんをアンコ玉みたいな形にしたのです。

 ところが、オブラート1枚というのは、意外と嵩のあるものなのです。2枚のオブラートで包まれた粉ぐすりは、予想以上に大きなアンコ玉になりました。ノドは割と立派に開いている方ではあるものの、それでもちょっと無理じゃないですか、これ?という大きさになってしまったのです。どうしようかな、と思いました。しかし、貧乏性のほかに面倒くさがりという性質も私は持っていまして、すなわち、もう一度この包みをバラして新しいオブラートで包みなおすのは、いかにも面倒くさい、と思ったのです。同時に、新しいオブラートと今使われているオブラート、計3枚のオブラートが、「もったいない」とも思いました。それで、「まあいいか」と、そのまま、大きめのアンコ玉を飲むことにしたのです。
 結果からいうと、まあよくありませんでした。私の口とノドの連結部を、アンコ玉は通過してくれませんでした。「うわ、これは無理だ」と思い、ヘビのようなノドの動きでもって、アンコ玉を、連結部のノド寄りの位置から、口寄りの位置へと戻しました。ところが、先に述べたように、オブラートというのは水気で溶けるのです。人体の何パーセントかは知りませんが、人体の何パーセントかは水分でできているので、当然、私の口だのノドだのだって、水気と無縁ではいられない場所です。要するに、口の中でアンコ玉が崩壊したのですね。先ほどからアンコ玉アンコ玉といっていますが、これはあくまで比喩であって、アンコ玉が崩壊したからといって、中から現れるのは、もちろんアンコではありません。粉ぐすりです。苦く、ノドをゲホゲホさせて果ては気管の方にまで入り込み、呼吸を妨げるあの粉ぐすりです。そんな粉ぐすりが、通常の2倍の量のオブラートの助力を得て(オブラートは溶けて口だのノドだのの壁にはりつき、しかもモシャモシャするので、やはり呼吸を妨げられます)…死ぬかと思いました。三途の川の向こうで、死んだおばあちゃんが手を振っている、のは見えませんでしたが。本当に死ぬかと思いました。
 すぐそばに、薬を飲むための水が置いてあったのですが、手が伸ばせないのですね、ああいうときは。何というかこう、緩慢におじぎをくり返すような動作、とにかく上半身を折ったり伸ばしたり曲げたりすることしかできませんでした。後から考えると、あれはタンスの角等に足の指をぶつけたときと同じ動作です。そういえば、腹痛のときにも、何とかして痛みを緩和せんと、同じような動作をします。

 危機を乗り切った後、鏡を見たら、マスカラが涙で流れて立派なパンダになっていました。パンダって、あの目のまわりの黒い部分をとったら実は結構鋭い目つきで、それが鶴瓶に似てるって、いつかタモリが言っていたような気がします。そんなことを考えながら化粧をなおしました。
 オブラートの2枚がさねは危険です。つくづく思いました。今、「2枚がさね」で、下ネタが浮かんだのですが、あまりにもくだらないので言いません。


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