123号

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隣の戦国武将

 大田牛一の『信長公記』の原文を、ネット上でPDFファイルにおこしてくださっているサイトがあります。それを、1週間に1度くらいの頻度で、少しずつ読み進めています。読み進めています、とはいっても、本当に少しずつなので、まだ巻首、全15巻の1巻にも実は入っていません。
 それでも、先日、桶狭間のくだりを読み、勘十郎こと織田信行の最期を読み、そこから1頁ほど進んだ「蛇かえの事」。このくだりを読んで、私は、あれ?と思いました。
 この話は知っている。
 愛知県某所の某池に、大蛇がいるという言い伝えがあった。これを知った織田信長公は、その池へと出向き、付近住民に池の水をくみ出させたあげく、自らも池の中へと入って調べた。はたして、大蛇はいなかった。
 子どもの頃から、何度となく、この話は聞いています。通っていた保育園や小学校で、定番のお散歩コース&遠足スポットだった、これは○○池(池の名前はとりあえず伏せます。そのまんまなんですが)ではないですか。
 要するに近所の池だったわけです。そうか、この話本当のこと、というか、『信長公記』に載ってるような話だったんだ、と感慨深くなりました。何というか、自分の学校の七不思議が、テレビに出ているような感覚。現地には、私の記憶が確かならば、池の端の小さな社の横に、ほとんど読めないくらい古い立て札が立っているだけなのです。もちろん、出典もありませんでした。
 そうかそうかと嬉しくなって、買い物ついでに件の池を眺め、ついでに、「蛇かえの事」では、信長に逆心の噂があった、と書かれている佐々成政さんのお城の跡を通り、気がついたら、某緑地公園のところまで来ていました。
 もうここまで来たらついでだな、と昨日、ある方のブログを見て、気になっていた神社も見てきました。七夕のお祭りが有名だ、と聞いて、高校時代に友人と誘いあわせて7月7日に出かけたことがあります。ちなみに、お祭りは旧暦の7月7日だったので、そのときには何もありませんでした。ちゃんと調べてから行かなきゃダメだな、と思った次第です。

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