123号

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drop-by Jamming

 『邪魅の雫』読了から1か月とちょっと。さて、どんな話だったかなと腕組みしばし、自分が話の内容を全く把握していないことに気づきました。裏表紙のあらすじには、《殺してやろう》《死のうかな》など、作中の台詞等が10個ほど抜書きされているのですが、最後の1つを除いて、誰が発したものなのか、ただの1つも思い出すことができません。
 いけない。このままでは、私も一豊君になってしまいます。という訳で、再読を決意いたしました。全817頁に不安をおぼえつつ。
 新書の『姑獲鳥』が429頁ですから、ほとんど2倍に近い分量があります。
 せっかくですから、頭から少しずつ、あらすじや登場人物、飲食シーンなどを、関係のない話もおりまぜつつ、纏めていくつもりです。

 初読時の記憶を頼りに、端からネタばれもどかどかしていくと思われます。未読の方がいらしたらご注意を。シリーズのこれまでの作品についても同様です。

 下の、「続きを読む」をクリックすると、5~13頁についてのまとめが表示されます。ネタばれにご注意ください。

5頁
 毎度おなじみ、鳥山石燕の本から。今回の主役、邪魅の図。毛足の長い狛犬のような妖怪。
 《妖邪の惡氣なるべし》の、特に《惡氣》が、この話ではポイントだったかと。
 魑魅魍魎の《魑魅の類》というところから、発売前より『魍魎』との関係が取りざたされていましたが、どんな風にリンクしていたか…、思い出せない。
 過去作品との繋がりでは、『鉄鼠』との関係で、山下さんが再登場したよ、うわあい、ということしか思い出せない。山下さんは、『鉄鼠』に登場した警部補で、私のお気に入りです。もしかして、初読は煩悩のみで頁を繰っていたのか、と落ち込むこと多少。今回は外さず読みます。

6~12頁 プロローグ
 プロローグは主体をぼかした一人称。独白と言っても良いかもしれません。これがお約束のような気がして、『姑獲鳥』から順番に本編を確認してみましたらば、プロローグ、すなわち「1」の前に付された、章番号のない部分が独白だったのは次のとおり。
 まず『姑獲鳥』。ちょっと変化球ですが『魍魎』。プロローグの印象は実はこれが一番強い『狂骨』、支度の方の『宴』、プロローグの最後で一人称《私》の正体が明かされてしまうため、カウントするか否か非常に迷った『陰摩羅鬼』。
 『絡新婦』は、最後を読めば、この一人称が誰によるものかは明らかなのですが、プロローグの地の文に、一度も《私》という単語が出てこないので、ここでは含めませんでした。『絡新婦』まで含めれば、尾島さんの三人称一元である『鉄鼠』以外は、全てプロローグは独白なわけで。これがお約束、という感覚も強ち外れてはいなかったようです。一安心。
 そういえば、『絡新婦』のラストで、京極堂は、関口君の味覚を文化的でないと貶し、《粗食に甘んじている証拠だ》と言います。その部分を読むたび、いつ雪絵さんが、おそらくは千鶴子さんを伴って、「それは私に対する挑戦と解釈してよろしいですか?」と現れるのか、ドキドキします。
 こうして改めて確認してみると、プロローグの一人称は、=犯人、もしくは≒犯人でなければ、あとは関口君。関口君というキャラクターの立ち位置の特殊さを、改めて感じました。関口信者の錯覚である可能性も大いにありますが。
 『邪魅』のプロローグ、一人称は、ラストの展開を反芻するに、多分、西田先生。多分、と付さなければならないところが実に情けないですが、《貴女》は…この人のことは何と呼べば良いのか、とりあえず神埼宏美。

13頁
 再び石燕で蜃氣樓。蛤の見せる幻。
 坂田靖子先生の『珍見異聞』の2巻に、「春の磯」という話があって、この蜃気楼をめぐるエピソードでした。蛤の夢の中に、入り込んでしまった漁師の娘と貴公子。白黒の画面から、磯にきらめく光の虹色が伝わってくるような話でした。
 ここでの蜃気楼は、前のプロローグを受けて、《私》や《貴女》の見ていた世界の隠喩として用いられています。
 己=世界、世界=己の認識のもと、《私》や《貴女》の見ていた世界は、まるで《蛤の吐く蜃気楼のようなものだろう》。しかし、実際には、自分たちは、《蛤に呑まれた砂粒だったのかもしれぬ》と。そして、タイトルの邪魅が冠されたキーワード《雫》は、その砂粒を吸い、消し去りうるもの。砂粒と砂は違う、=では結べない。
 ここまで読んできて、唐突に思い出したのが、いわゆる「セカイ系」。すでに方々の感想で、今作と「セカイ系」との関連、特に京極堂の長口舌における言及が指摘されていますが、こんな頭から伏線が貼ってあったとは。直列に繋いじゃいけないよ、という西田先生の声が聞こえてくるような気がします。何と何を繋ぐか、といえば、自分と世界を。

 これだけ書いてやっと13頁。関係のないところに進みすぎましたか。本当に最後まで書けるのか、いよいよ不安が倍率ドンです。



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