123号

『功名が辻』第44回「関ヶ原」

 決戦関ヶ原を実況関ヶ原。
 お先にお断り。私、最近、石田三成がかわいくてかわいくて仕方がありません。ので、今回の実況でも、「こぎつねちゃん」呼ばわりしたり、好き放題書いております。すみません。

 ↓ここから実況。

 アバンタイトルに、ナレーションの三宅アナウンサー登場。さすが関ヶ原、気合が入っています。

 山内家で、千代が六平太の情報を康豊くんと新右衛門に開陳。
 今の新右衛門を見ていると、大丈夫、おじいちゃん?と言いたくなります。《殿は勝ちまする!》以外はウトウトしてますが、だ、大丈夫?

 一豊くん登場。
 東軍の合言葉は覚えられますか?忘れませんか?大丈夫ですか?一豊くん。皆と一緒に復唱して覚えようとしていますが、あんな大勢でくり返したら、敵に聞かれませんか?一豊くんと心配に。

 お、昨日電車で通りましたよ、関ヶ原。
 再び、三宅アナウンサー登場。その時歴史が動いた的に、関ヶ原の布陣を説明。先乗りした西軍→東軍の順番で。
 お!東軍の第三陣に、きちんとボスの名前があります。ありがとうございます。
 西7万5千対東10万。戦は午前6時から。
 こぎつねちゃん(石田三成のこと)登場。敵味方の戦力に、勝ったようなものでござりまする、と。そ、その台詞は負けフラグが立つ台詞です。
 一豊くんは、南宮山というところに布陣です。我らが守備であることに、新一郎ともども、不満があるようです。
 関ヶ原に東風が吹くときは…と一豊くんの天気予報。ソースは千代でした。しかし、ほめてあげたい。一豊くんなのに、よく忘れず覚えていました。

 宇喜多秀家VS福島正則。
 宇喜多秀家というと、中津賢也の『徳川生徒会』で、家夷に口答えして八丈島高校の講師に格下げされた備前岡山高校の校長しか思い出せません。あのマンガはおもしろかった。特に、深紅と明紅のパンツの話がおもしろかった。
 昨日、長浜に行きました。戦国武将おみくじなるおみくじを引きました。私は福島正則。ちなみに小吉。好悪の問題でなく、ショックでした。
 戦う黒田長政。黒田長政の兜もすごいですね。スペース取ったもん勝ちというか。

 一豊くんモノローグ。
 千代モノローグ。千代の戦嫌いって設定、まだ生きていたのかと。
 六平太登場!今回の個人的なサブタイトルは、「死ぬな六平太」。六平太死ぬな!縅が黄色で、妙に派手な甲冑です。目立っちゃダメじゃないのか六平太。
 内応などする者の心変わりがいかに早いか、お前が一番よう知っておろう!と一豊くん。
 死ぬも生きるも戦ってこそか。六平太に説得されて、家康に、寄せ手に加えてくだされ、と言いにいくつもりになったみたいです。寄せ手に加えさせてくだされ(多分)は、『究極超人あ~る』。部室攻防戦。上の『徳川生徒会』とは、「少年サンデー」つながり。

 一豊くんが家康のところへ来たのを見て、
 何しに来たの、一豊くんは、動かんでいい、アンタは、と横で見ていたうちの父が。もはや父さえ一豊くん呼ばわりです。
 家康いわく、今回、老骨に鞭打って出ているのは、一豊くんと自分。一豊くんは、年齢では家康の確か2つ下です。

 お、新手のバカ。←小早川秀秋のこと。
 総攻めの合図をせよ!総攻めじゃ!とこぎつねちゃんが叫びます。あなたは…と言いたい。言いたいが口をつぐみます。
 すごい悪人ぽいですよあんこくじえけい。漢字で書くと安国寺恵瓊。「瓊」の字が難しい。おそらく一豊くんは書けません。読めません。
 三成の兜っぷりは、なまはげみたいですな。島津さんと喧嘩してます。
 回想。
 死ぬでごわす。
 大人気ない島津さん。島津の軍法を親子で確認。わが陣に入ってくれば、徳川軍でも石田軍でも討つとのこと。

 一豊くん久しぶり。そして、家康主従。新一郎といい、井伊直政といい、主人より派手な兜です。
 催促じゃ!恫喝じゃ!
 こわっぱ=秀秋で、家康の中では決まったような。呼び方の話です。
 六平太が、小早川家で秀秋の信任も得ています。いつのまに。
 む、こぎつねちゃんの悪口を言うな六平太。
 東軍から催促で恫喝の銃声。泥はねで、秀秋の顔がポインター(犬)みたいになっています。寝返りを決めました。一豊くんも早く早く、何かおもしろいことをしないと。視聴者の心の馬鹿=一豊くんが秀秋に上書きされちゃいますよ。
 家康、秀秋をまたもこわっぱ呼ばわり。本日3度目。
 小早川の裏切りを知ったときの、こぎつねちゃんの顔がかわいそうです。
 一豊くんが、一生懸命お仕事をしています。このとき、初めて戦陣に加わったそうな。
 関ヶ原終わる。死屍累々。
 敗走のこぎつねちゃん。正しいのは僕らなのに、と泣きながら。かわいそうです。

 お、秀秋が家康のところに来ました。
 皆の目つきが冷たいです。
 一豊くんは、バカとしてのライバルをぎゅーっと睨んでいます。みごとな裏切りでござった、は福島正則。敵意むき出しなのは、この人もホラ、同じくライバルだから。
 うわー、サディスト。家康が秀秋に佐和山攻めを命じているときの様子です。一豊くんが、信じられないものを見るような面持ちで。
 すっかり老人扱いの一豊くんですが、あまりベテランという感じはしません。家臣にも、世話をやかれているのが似合います。
 勝つこともまた、寂しいことじゃ。
 寂しがりやの一豊くん。屍を踏まぬように参れ、と命じます。

 舞台は変わって、山内家。殿は勝ちました、と新右衛門が千代と康豊くんに知らせます。一豊くんの無事は、まだ分からない状況。無事ですよ。
 そして、佐和山攻め。かわいそうで見ていられない。落ちる石田三成、これもまたかわいそうで見ていられない。
 《三成》と泣く淀殿を見てしまう秀頼君。
 倒れながら川を下る三成。なぜに川の中を歩くのか。おそらく、理由があるのだと思います。三成だから。
 岩穴に、1人隠れていた三成を、東軍の将、田中吉政が捕縛。田中さんは、昨日訪れた長浜城の展示で、この人が秀次くんの家老では筆頭格だったのに、一豊くんたちを際立たせるために、登場が省略された、と書かれていました。三成とは出身が同じ滋賀県で旧知の仲で、捕らえられた後、護送する間も丁重に扱ったといいます。「幼なじみ」との記述を見たことも。お、おさな…!
 しかし、今、Wikiさんで確認したところによると、田中さんは1548年生まれ、対する三成は1560年生まれ。幼なじみというには、ちょっと無理があるような。残念です。同じくWikiさんでは、こぎつねちゃんが、田中さんに捕らえられるのに、他の者につかまるよりはお前がいい、と。ゆわあ。

 次週のサブタイトルは「三成死すとも」。
 …自由は死せず?

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