123号

どうなのよ

山岸凉子先生の『天人唐草』を読みました。
久しぶりに読んで、感想は以前読んだときと変わらず、この父親にすごく腹が立つでした。
野郎、死んで勝ち逃げか、などと。
どうしても主人公に気持ちが向かず、何だかなあ、と思う。
同情する気にも、責める気にもなれず。
ホラーやホラーっぽいものを見たり読んだりしたとき、しばしば、こういうことがあります。
『鉄鼠の檻』で、雑誌記者の鳥口君が、自分は幽霊がそれほど恐くない、というくだりで、四谷怪談などを読むと溜飲が下がる、可哀想なお岩さんよ頑張れ、悪い伊右衛門を倒せ、とつい思ってしまう、と考えるところがあります。
私は半分鳥口君と同意見、しかし半分は違う。
溜飲は下がりません。
伊右衛門あの野郎、伊藤家の連中この野郎、と腹を立てたまま終わる。
結果、ホラー、それに類するものの中で、娯楽としてはどうなの?というものが増えます。
たとえば、『13日の金曜日』も、そもそもの、ジェイソンが行方不明になったクリスタルレイクでの事件がアレすぎて、後のスプラッタとか割とどうでもいい感じになってしまう。
何だか、とても勿体ないことをしているような気がします。
『天人唐草』、だから名作だと思うけれど、よっぽど気力のあるときしか読めません。
そうまでして何で読む、と言われれば、返す言葉もない。
でも、響子30歳が、金髪、巨大な防止&ひらひらのワンピース空港で奇声を上げたりする様は大好きで、そこは読みたい。
お岩さんやジェイソンの大暴れも……ジェイソンはそうでもないか。
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