123号

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結局

年末は広島には行かず、今日は実家で年取りのおかずを作るのに参加しています。
年取りのおかず、というのは、(たぶん)岐阜の正月料理です。
うちは、お節は、家ではたつくり程度しか作りません。
その代わり、毎年、大鍋にいっぱい、これを作ります。
大晦日から食べ、三が日中食べ続けます。

作り方は以下のとおり。

材料
大根 …1/2本
にんじん …1本
ごぼう …1本
里芋 …7~8個
油揚げ …3枚
もめん豆腐 …1丁
こんにゃく …1枚
切り昆布 …2袋

※ 分量は鍋の大きさによって適当に。

1.切り昆布を水でもどす。
2.野菜の皮を剥く。
3.大根は2~3cmの半月で面取り、ニンジンと里芋は一口大の乱切り、ごぼうは3~4mmの斜め切りにする。
4.野菜の下ゆでをする。大根は米のとぎ汁で。
5.油揚げは、1/4の正方形に切り、熱湯をかけて油を抜く。
6.こんにゃくをスプーンで一口大にちぎり、下ゆでする。
7.豆腐は一口大に切る。1丁を12個くらいか。
8.2.~7.で下準備した材料を、根菜類を下に鍋に入れる。
9.他の材料の上を覆うように、切り昆布を入れる。
10.切り昆布の上から、酒、砂糖、みりん、醤油をかける。量は適当に。水は入れない。
11.鍋を強火にかける。
12.煮立ってきたら、鍋の持ち手を持って振る。箸などでかき混ぜると荷崩れるため。
13.こがさないよう弱火にして、何度か振る。
14.適当なところで火を止め、味をしみこませる。味が薄ければ、途中で調味料を足す。

以上。

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胸も痛いよ

ちょっと前に軽い風邪を引いたのが、咳だけ収まらず、どころか段々はげしくなってきて、夜、眠るのにも困難をきたすようになったため、今日、一年発起して、ちょっと家から遠い呼吸器とアレルギー専門のお医者さんに行ったら、軽い肺の炎症という診断を受けました。
肺の炎症って……肺炎じゃろ?
金曜日の夜に新幹線に乗って広島へ行き、年明けに帰ってくる予定だったのが、金曜日まで毎日点滴に来てくださいとのことで、予定変更です。
どころか、そもそも行けなくなりそうだ……。
咳関係以外では体調もまったく問題ないし、風邪は治っているし、うつるようなものじゃないから大丈夫です、とまみちゃんには主張してみましたが、どうなることか、分かりません。
今回は、鞆の浦へ行くという話になっていたので、それに備えて、前に金曜ロードーショーで放映された『崖の上のポニョ』も見直しておいたのに……。
……なんて書いていたら、みどりちゃん(小鳥)が己のうなじに首をうずめるようにして寝ていたので、かわいい!と思い、デジカメを取り出して構えたところで気取られました。
2回やって2回失敗。
最近、みどりちゃんは、私のデジカメの電源を入れたときの音を、覚えてしまったような気がします。
小鳥がうなじ(肩の後ろの方)に首をうずめて寝るのは寒いときのサイン、と何かで見たので、写真は諦めて、みどりちゃん用のヒーターを入れます。
……と書こうと思ったら、再びシャッターチャンス。
デジカメはみどりちゃんが起きる可能性があるので、携帯電話のカメラで。
みごと、みどりちゃんのかわいいうたた寝姿を捕えた画像がこちら


midori63.jpg

見えない方は心の目で。
あと、昨夜年賀状を作りましたが、蛇が苦手なので、筆ペンで描いた蛇に足を生やしたところ、残念ながら蛇に見えなくなりました。
もし、年賀状が届いたときには、蛇だと思って、これも心の目で見ていただけると幸いです。


『平清盛』 見てます

今。
18時からBSで見て、今、二度目の視聴中。
壇ノ浦、と言われると、高山樗牛の『平家雑感』は、
「願はくは源氏となりて興らむよりは、むしろ平家となりて亡びなむ」
が思い出されます。
その年の大河ドラマが気に入ると、一年通して、関連する色々な本など読む機会が増えます。
いいこと、というか、大河にまつわる楽しみの大きな一つです。
『平清盛』は、特に、そういう楽しみに繋がるフックが、たくさん仕掛けられていました。
私は、心の内でひそかに、レファレンス大河と呼んでいたほどです。
重盛の「疾ク死ナバヤ」のおかげで、最近は、『愚管抄』にもチャレンジしましたよ……挫折しましたが。
そして、そういう中で、『「落人伝説」を読む』という新書も読みました。
おもしろかった。
著者が、ざっくり言うと失礼ながらおじいちゃんなので、今日びの子供たちには、「宇宙戦士ガンダムなどが英雄らしいが」などと書いているところがほほえましい。
清盛が常盤御前を、勝者によるサディスティックな獣欲の餌食にする場面には、筆が踊ってしまうところも、ある意味ほほえま……しいか?
とにかく、その中で、著者の小中学生の頃(昭和のはじめ)、壇ノ浦のクライマックスであるところの平家一門の入水について、
「このとき、清盛の妻、二位の尼が、おそれおおくも幼帝をお抱き申しあげ『波の底にも都ぞ候ふぞ』と船ばたから身を躍らせた。かしこくも、一天万乗の君を己ら一族の道づれになしたてまつった、その不忠は筆舌に尽くしがたい」
と国語の先生から教えられた、と書いてあるのを読んで、これか!と膝を打ちました。
『平清盛』について、悪役のイメージのある平家を~と様々なところで書かれたり言われたりしていても、これまで、どうもピンと来なかったのが、そうか、確かにはっきりと平家が悪だったときがあったのだな、と。
しかし、まさかそこだとは思ってもみなかった、昭和50年代生まれ、不覚。

ところで、『平清盛』の最終回は、ほとんど頼朝のナレーション祭りの様相を呈していますが、「私は弟の屍の上に~」は良かったな、グッときました。
この調子で、できれば、ストーリーガイドには書かれていた、鎌倉幕府の滅亡についても一言ナレーションで入れてほしかった、頼朝が死んでいきなり室町幕府に飛んだから、一瞬、え?ってなりました。
最後の最後が、「平清盛なくして武士の世は、なかった」だったのは、ちょっと前にいろいろうだうだ書いた身として震えました。
やっぱり?やっぱり?そうよね、という感じで、先ほど西行が変身した幻の清盛と対面した頼朝の瞳がキラキラしていたのと合わせて、公式サイトでのクランクアップ時の頼朝のコメントも合わせて、ノーベル親子賞を差し上げたい。
しかし、公式サイトでのクランクアップ時の~と言えば、重盛のコメントも捨てがたい。
実の息子やはり強し、という感じで。
そういえば、ネットをうろうろしていたら、あの「疾ク死ナバヤ」について、重盛は父親に甘えていたんじゃないだろうか、とツイッターに書いていらっしゃる方がいて、親子に関しては珍しく、負けた!と思いました。
すばらしい解釈です。
アカデミー助演親子賞もの。
しかし、『平清盛』には、一年とおして、様々な姫が大勢出ましたが、一番きれいに見えたのが、今日の壇ノ浦で入水する直前の時子のアップだったのは、深キョンの底力を見せられた感があります。
あと、(たぶん)大木が倒れるときの音をSEにしての清盛の倒れ方も、これが主役の底力だな!と。

一年楽しかった。
50回短かった。
来週から『平清盛』の続きとしての『源頼朝』とか始まってもかまわんよ?
『北条義時』でもかまわんよ?

冬至

カボチャを煮た。
職場の人から、柚子をたくさんいただいたので、今夜は柚子をたくさん入れたお湯に入れる。
(ホームベーカリーでの失敗はともかく)嬉しい。
カボチャを更に煮ながら、ユールのことを考える。
クリスマスが12月25日になった理由(らしい)欧州版冬至のユール。
今、ユールと書いて、ユールで正しかったが不安になって調べてみたら、ユールで正しかった。
良かった。
そういうのは、何となくムーミン谷の辺りでさかんに祝われていそうだ、と一瞬考える。
ムーミンママ特製のジャムをお茶に入れたりパンケーキにのせたり、アレだろ?と思うも、彼らは冬眠するので、それはない。
ムーミン谷でさかんに祝われるのは、むしろ夏だ。
ムーミン谷の夏まつり。
北の国だなあ、と思う。

忘れた!

ホームベーカリーが届いてからというもの、すっかりパンを焼いては食べるだけの生き物になり果てていました、
ところ、今朝は台所に漂うパンのにおいが、いつもとほんの少し違います。
いつもより、ほんの少し……こげくさい?
と思って、あわててホームベーカリーの蓋を開いてみると、何というか……粉のかたまり。
ちょっと焼きすぎたトースト的なにおいを発する粉のかたまり。
水を……水を入れ忘れたようです、何ということでしょう。
ネットの中の人に色々聞いてまわるも、水を入れずに焼き上がりまでいったパンをどうにかする方法は聞けず、捨てるか?勿体ないけど捨てるか?という感じです。
更に、ホームベーカリーが壊れていないか、心配です。
今夜焼いてみて……大丈夫だろうか。
大丈夫だろうか?

『平清盛』

見ました。
高倉上皇と徳子の清純な夫婦愛に、この私が(とあえて書く)不覚にもグッときたとか、
清盛と時子の、これもある意味清純な夫婦愛にグッときたとか、
堀川局の思い切った老け方に、別の意味でグッときたとか、
いろいろありますが、今週はやはり後白河。
清盛との双六のシーンが、何だかすごかったです。
ここは話を分かりやすくするため、二人のこれまでの名場面をこれでもかというほど入れ、
しかし、それが正解だということは百も承知の上で、
二人の演技だけでも、それらを、つまり、これまでこのドラマで描かれてきた
清盛と後白河の関係、歴史…言葉は何でもいいですが、感じ取れたんじゃないか、と。
双六が終わって、清盛が去っていった後の、後白河の表情が、何とも言えず良かったです。
誤解を恐れずに言ってしまえば、あれは少女のようでした。
次回、最終回で見られると思われる、後白河と頼朝の対面する場面が、いよいよ楽しみです。
最終回……『清盛』が、次回でもう最終回かと、考えるだにさみしさが。
ようやく北条義時も登場したし、来年もこのドラマの続き、やりましょうよ、などと、思わず。

みどりの日曜日

投票に行ってきました。
投票所の外に出口調査の人がいるのを見て、私に聞いて!って感じで、しばらく周りをウロウロしてみましたが、何も聞かれませんでした。
あれ何聞かれるんじゃろう……。
ところで、本日は日曜日ですが、朝、いつものように、みどりちゃん(小鳥)に起こされたら、家中にただようパンのにおい。
先日、ホームベーカリーを買いました。
すばらしいですね、いろんなパンが焼ける。
うちは二人暮らしなので、一人あたまの取り分は、およそ半斤。
お腹いっぱい食べられます。
今夜も焼く。
明日の朝に合わせて焼く。
抹茶入りの食パンの予定。
しかし、みどりちゃんに起こされて、家中にただようパンのにおいって、まるで『メイプルタウン物語』のEDです。
小鳥の声が目ざまし時計で、もいちどベッドにもぐりこんだら、パンのにおいが二度目のベルで、今日もやっぱり早起きしちゃった、リアル「パティの日曜日」。
早起きはしませんでしたが。

どうなのよ

山岸凉子先生の『天人唐草』を読みました。
久しぶりに読んで、感想は以前読んだときと変わらず、この父親にすごく腹が立つでした。
野郎、死んで勝ち逃げか、などと。
どうしても主人公に気持ちが向かず、何だかなあ、と思う。
同情する気にも、責める気にもなれず。
ホラーやホラーっぽいものを見たり読んだりしたとき、しばしば、こういうことがあります。
『鉄鼠の檻』で、雑誌記者の鳥口君が、自分は幽霊がそれほど恐くない、というくだりで、四谷怪談などを読むと溜飲が下がる、可哀想なお岩さんよ頑張れ、悪い伊右衛門を倒せ、とつい思ってしまう、と考えるところがあります。
私は半分鳥口君と同意見、しかし半分は違う。
溜飲は下がりません。
伊右衛門あの野郎、伊藤家の連中この野郎、と腹を立てたまま終わる。
結果、ホラー、それに類するものの中で、娯楽としてはどうなの?というものが増えます。
たとえば、『13日の金曜日』も、そもそもの、ジェイソンが行方不明になったクリスタルレイクでの事件がアレすぎて、後のスプラッタとか割とどうでもいい感じになってしまう。
何だか、とても勿体ないことをしているような気がします。
『天人唐草』、だから名作だと思うけれど、よっぽど気力のあるときしか読めません。
そうまでして何で読む、と言われれば、返す言葉もない。
でも、響子30歳が、金髪、巨大な防止&ひらひらのワンピース空港で奇声を上げたりする様は大好きで、そこは読みたい。
お岩さんやジェイソンの大暴れも……ジェイソンはそうでもないか。

「スキだらけじゃい じじいっ」

久しぶりに岡田あーみん先生の漫画を読みたくなり、『こいつら100%伝説』を買う。
全3巻、一気に買う。
一気に読む。
岡田あーみん先生の漫画が、今もふつうにアマゾンで新刊で買えるって、すばらしいことだな!と思う。
すばらしいことだな!と言えば、『こいつら100%伝説』で、特にすばらしいのは、先生と極丸です。
3巻の、先生の奥さんの墓参りに、皆で行く話など、特にすばらしい。
深読みってすばらしい。
擬似ですが、親子にカウントしています。

『平清盛』見ました。

手短に感想。
重盛と比べられる宗盛が気の毒である。
麻呂が麻呂すぎて、時にコントに見える。
親子的には、私、本日はじめて、この人(宗盛)も清盛の息子であることを意識しました。
宗盛は、やっぱり忠正との関係だよね、と思いながら見ていたら、回想シーンで忠正登場。
今回は、福原でも鎌倉でも、回想シーンの椀飯振舞である。
回想シーン、清盛の若さが現在との落差でひたすら哀しい。
さよなら福原パーティー。
この大河ドラマは、こういう場面に手を抜かないところがとても好きです。
清盛の心境をそのまま表したかのような歌詞。
鎌倉で、御恩と奉公を始める頼朝。
『北条時宗』の将来を思い出し、普遍のシステムはないな、などと思う。
頼朝の口にする、「あのお方」の響きがとても切ない。
切なすぎて、カルピスの味がするよ。
そういえば、先週の録画を見直したら、頼朝はストーリーガイド通り、平家に問い質したいと言っていました。
あのお方に問い質したい、は己の幻聴だと分かってガックリ。
しかし、そんなガックリなど跳ね飛ばすかのように、頼朝は、若き日の清盛のことを回想。
回想、回想、また回想で、回想しまくった挙句、清盛に入れ込みすぎた頼朝は、時空を超えて矢まで受ける。
清盛が、かつて黄色い鳥羽法王を射た、例の、あの神輿の、あのときの。
時空を超えた清盛そのものであるところの矢に射られて、よろける頼朝。
そして、頼朝の中で一度は分かれた義朝と清盛の道が、また一つになったんだってさ。
さ!
受信料ちゃんと払おう。
いっぱい払おう。
NHKの兄貴、マジありがとうございます。
しかし、今夜はいい夢見られるな、などと、こちらの甘さを許してくれないのも、また兄貴。
重衡の屈託のなさに、正直ゾッといたしました私。
これが平家の純粋培養か……。
清盛は、自分のこれまでしてきたことの、歪みというか、何というか、驕る平家のアレだなあ、と。
アレはもう笑うしかないよな、と。

ゆめうつつ

朝起きて、いきなり『ゆめうつつ』を見ています。
起きたのに、『ゆめうつつ』。
うまいこと言ったつもりだったのに、そうでもない。

→ 『ゆめうつつ』は、こちらで見られます。
  NHK名古屋の内藤アナウンサーがアレでナニで楽しい。

最終回の「日常ドラマティクス」が、特に好きです。
いい話だ。
サッカー好きは是非、という感じ。

久しぶり

かわぐちかいじ先生の新連載が頼朝、と友だちが教えてくれたので、久しぶりに「モーニング」買いました。
久しぶり……『誰も寝てはならぬ』の最終回以来ぶりくらいです。
表紙の少年が頼朝か、美しいのう、と思っていたら、それは義経というか牛若(おそらく)で、開けて1ページ目の『ジパング』の津田大尉みたいな顔をした少年が頼朝でした。
うん、かわいい。
ところで、タイトルが『ジパング 深蒼海流』だったので、私はてっきり角松と草加の顔をしたおじさんたちがドンパチやる話だと思っていたら、頼朝が違う顔だったので、どうやらそういう話ではないようです。
そういえば、1話の時点では、角松の顔した登場人物がいません。
角松の顔……深町の顔と言い換えてもいい。
あえて言うなら清盛でしょうか。
しかし、主人公たちと同年代にいないとな……。
草加の顔=海江田担当は、たぶん義経。
今後出る登場人物で、ありそうなのは、北条の皆さんか、安達か、比企か、梶原か……。
もしかしたら、弁慶じゃないか、という気が今、突然してきました。
しかし、弁慶は義経サイドなので、もし弁慶が角松だったら、角松&草加対津田……。
鎌倉が勝てる気がしません。

そして、『鬼灯の冷徹』の表紙で、鬼灯が読んでいる本が『画図百鬼夜行』だったのに、京極堂を思い出す。
ダメだ、一度京極堂だと思ったら、もう京極堂にしか見えません。
なので、これも久しぶりに『鉄鼠の檻』を読みました。
今年の正月以来ぶりくらいです。
旅行に行かないかね、の京極堂に、ひたすら、話が長えよ、と思う。
あの呪いの威力ってすごい。
もう京極堂が、一緒に旅行に行きたいのに、なかなか素直になれない人にしか見えない。
愚図にしか見えない。
中禅寺さん実は愛すべきキャラだな!と今更ながら思う。

ごくごく個人的な『平清盛』総括の試み

『平清盛』が、もうじき最終回です。
一年間、本当に楽しませてもらいました。
この辺りで一つ、私の目には、『清盛』がこういう話に見えるよ、というまとめ。
勢いで書いたので、諸々間違いがあったらすみません。
呪いとか救済とか、きな臭い単語がたくさん出てきます。
気持ち悪いよ。
これだけ書いて、要は、清盛と頼朝って擬似親子だよね!頼朝ルートって正義だよね!と主張したいだけだったような気がしてきました。
それも気持ち悪いよ。

長いのでたたみます。

『平清盛』見ました。

12月になると、いよいよ今年の大河も終わりだな、と感じる今日この頃です。
第44回の「そこからの眺め」で重盛が死んで、その次の第45回、「以仁王の令旨」からずっと、長い長い最終回を見ているような心持ちです。
今週の、回想が終わって清盛のアップに戻って、そのまま終わる、やや唐突なラストの持っていき方にも、そんな感じを強められるな、と思いました。
富士川の戦いの後、伊藤忠清が清盛に色々言う場面、良かったです。
まず、セリフの内容が良かった。
忠清の言った、清盛の目指した武士の世は、武士のままでは造れないものだった、というのは、このドラマ一年通してみても、かなり重要なセリフだと思うがいかがか。
そして、これを清盛に言うのが、伊藤忠清だというのも良かった。
忠清は、平家の中では最も武士らしさ、特に、一門の皆さんの風体が完全に貴族化してからは、平家の武士っぽさを、ほぼ一人で支えていたような人なので。
(他の家人の皆さんは、風体のみで言いますが、武官というより文官ぽい)
この忠清に言われたことで、清盛の受けるショック倍加。
また、忠清というのは、このドラマの中ではあくまで脇役で、ストーリーガイドの登場人物紹介では、だいぶ人の少なくなった完結編でも、見開き1ページの1/4しか占めていないキャラですが、今回、そういう忠清、つまり脇役も、画面の隅で、あるいはセリフがなくても、何と言うか、それぞれの人生を生きているんだ、というのを、感じさせてくれたのが良かった。
もちろん、『清盛』は清盛がタイトルロールなので、忠清の長いセリフも、あくまで清盛にどう刺さったのか、というのが本筋なんでしょうが、これは役者さんの力もあるんでしょうが、それとは別に、忠清の長いセリフの、忠清自身にとっての意味というのが感じられたのが良かった。
つまり、忠清は、武士100%の漢で、NO,武士.NO,LIFE.というか、清盛に首を刎ねてくれと言ったのは、平家は武士でなく、武士でなくなったなら、己は死にたい、と。
何と言うか、この人、どんどん栄達していく平家の周辺で、たとえば、若い御曹司たちが、弓の稽古よりも貴族的な色々を……となったりすることに、長年忸怩たるものを抱えていたんじゃないか、などと思いました。
ゆえに、富士川の戦いのあの有様で、最後の一押しというか、心が折れちゃったんじゃないのか、などと。
更に、忠清を他の家人が庇ったり、宋剣を持って出て行った清盛を、その場にいた大勢が止めたり、というのに(清盛が西光を蹴りたくったときとの対比を思いました)、ああ、この人この武骨さというか、愚直さで皆に好かれていたな、とも。
何と言うか、こう、何と言うかが多くてアレですが、そういう直接に描かれていない忠清の人生とか、感じさせてくれるあたり、うならせるね、と思いました。
保元の乱でガンダム(源為朝を指す)と当たったのも、今この時点だと、今日のこの日の伏線だったのね、と思えてしまうあたりが、ドラマを作る人ってすごいな!と思いました。

今日の胸キュン
:源頼朝さんの、ストーリーガイドからの私万歳なセリフの変更。
 平家に、じゃなくて、あのお方に聞きたいことがあるんですってよ!
 これが本当の、話すことあり、聞くことあり。
 『清盛』の真ENDって、頼朝ルートの平家滅亡ENDなんじゃないのか、と思う今日この頃です。

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