123号

シロップ味の水薬も嫌だ

 別に積極的な病気ではないのだけれど、お薬を何種類か飲むことになりました。先生から、朝晩の食前に飲んでくださいね、と言われたので、朝晩の食前に飲めということは、朝ご飯と晩ご飯をやめると、朝晩の食前という状態は、必然的に存在しなくなるわけですよね。ということは、全ての栄養を昼ご飯のみで摂るようにすれば、お薬を飲まなくて良いんでしょうか、と、もちろんこのままではないですが答えたら、普通に叱られました。
 薬は苦手です。好き嫌いではなく苦手。より正確にいえば、粉ぐすりを飲むのが苦手です。オブラートなしでは飲めません。喉がゲホゲホするのです。同じ理由でキナコも苦手。わらび餅もオブラートで包んで食べたいです。錠剤はむしろ得意で、水なしでも飲めますが、水なしで飲むのは良くないらしいので控えています。
 好き嫌いでいえば、好きな薬は正露丸。あの臭いが好きです。敬意をこめて、「におい」ではなく、「臭い」と表記しました。逆に嫌いなのは液体の飲み薬です。特に、子どもの頃よく飲まされた白っぽいオレンジ色の水薬はいけません。舌ざわりは粉っぽいのに、液体、味は基本的には甘いのだけれど、時に苦い、というのがダメでした。しかも、粉薬と違ってオブラートで舌を保護することもできませんし。

 本日は、注射もされました。採血です。注射も苦手です。ところで、今、『広辞苑』で調べてみたら、「注射」とは、「薬液を注射器で、生物体の組織または血液内に注入すること」とありました。ですから、私がされたのは、正しくは注射ではありません。ちなみに例文には、「痛み止めを―する」「予防―」とありました。ついでに、「覚醒剤」を引いてみたところ、「中枢神経系を興奮させ睡気をおさえる薬(以下略」とありましたので、注射器で覚醒剤をうっている方は、正しく「注射をしている」ということができます。
 病院からの帰り道、地下鉄で読むものが欲しいな、と思い、駅のコンビニに寄りました。「モーニング」が出ていたので、表紙の絵だけ確認して購入。表紙に絵が載っていれば、まさか休載ということはないだろう、と思ったのです。『へうげもの』の古田織部も、『誰も寝てはならぬ』のゴロちゃんもいました。ところが、今週の「モーニング」は、25周年だか何だかで、表紙には連載中のマンガ全てのキャラクターがいたようで、上記2つのマンガともお休み。結局、大橋ツヨシ先生の『エレキング』を、何度も読み返し読み返ししつつ、家に帰りました。『とりぱん』も読みました。

 帰ってから『へうげもの』分が足りない!と単行本の1巻を読みました。秀吉の弟の秀長が、台詞もないキャラクターながら、妙に美男でかっこいい。堺屋太一『豊臣秀長 ある補佐役の生涯』と、大河の『秀吉』のおかげで、この方には、無条件で好感を抱いてしまいます。『豊臣秀長』で、兄がスカウトしてきた竹中半兵衛に、秀長がへりくだった態度を取った夜の次のような場面など、「いいなあ」と思います。

 その日の夜、兄は小一郎を長屋に訪ねて来て、
「小一郎、よう辛抱してくれた……」
 と、礼をいった。
「なんの、俺は兄者の弟じゃからなあ……」
 小一郎は笑ってそう答えた。

 この後の、いつもは饒舌な兄が、珍しく寡黙に感謝の気持ちを表すのを、「千語にも万語にも尽せぬ意思の疎通があった」と感じる弟にもグッときます。


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愛ってなんだ わかるもんか ショーが始まるぞ

 『鋼の錬金術師』13巻の背表紙は、ハボック少尉です。背表紙がこちらを向いていると、本棚に目をやるたびにハボックと目があってドキドキ…というより、何だか悪いことをしているような気になって心臓に良くないので、13巻だけ背表紙をあちらに向けることにしました。
 あの表紙のために、初めてガンガンも買いましたよ。

『THE POWER SOURCE』

 JUDY AND MARYの『THE POWER SOURCE』が出てきました。整理整頓がどうにも苦手なので、CDや本は、よく行方不明になります。大槻ケンヂの「モンブラン」が聴きたくなり、『I STAND HERE FOR YOU』を探していたら、『THE POWER SOURCE』が見つかりました。以前、このCD自体を探していたときには見つからなかったのに、不思議です。
 せっかくだから、と『THE POWER SOURCE』を聴きました。「風に吹かれて」が好きです。特に、《忘れてゆくもの 捨ててゆくもの 私が信じたもの》や、《失くした詩集を~本気で探しちゃった》、あたりが。もし、何かオリジナルの小説を書くなりマンガを描くなりしなさい、と言われたら、高校生か大学生の女の子を主人公にして、この歌みたいな話を作ってみたいと思います。
 このアルバムでは、他に「そばかす」や「KISSの温度」が好きです。「KISSの温度」で、《わたしを大人にした あなたの罪は重い》と歌われるとドキドキします。
 大学のクラスメイトで、このCDを最初に私に貸してくれた女の子は、「ラブリーベイベー」が、好きだったのかどうかは分かりませんが、よくカラオケで歌っていました。歌が上手かったのと、彼女のイメージに合っていたので、よく覚えています。『THE POWER SOURCE』は、彼女に貸してもらった後、自分で買いなおしました。

『ラブやん』6巻

 『ラブやん』の6巻が無事に出ていて、ひと安心。『ラブやん』は、しばらく単行本が出ていないと、「まさか、とうとう…」と心配になります。6巻の帯には、《世間様の目をかいくぐり、まだまだ元気イッパイですよ?》。このままかいくぐり続けてくれ、と思うこと多少です。6巻に収録された中では、37話「アフウンとか言うんじゃ」が危険でしょうか?危険じゃないんでしょうか?そもそも、カズフサとかヒデヒコとかの存在自体がアウトでしょうか?常日頃、ロクでもない生活をしているので、どこからがオッケーでどこからがダメか、もはや分かりません。感覚がマヒしているのです。人間は、何にだって慣れることができるのです。
 ところで、80頁の《ジークヘブン》中、マッチョの10番は誰なのでしょうか?最初、マッチョ化したカズフサかと思いましたが、カズフサではないっぽい。…ジョンか?
 萌ちゃんは、ラブやんが送り込まれて以来、委員長と多少かぶりつつも、おもしろいことになってきたところだったのに、今後は出てこないんでしょうか?だとしたら残念です。本誌を読んでいないので、現在の連載具合がまったく分かりません。
 『ラブやん』の場合、単行本が出なくて心配になるのは作品ですが、『ディスコミュニケーション』では、単行本が出ないと、「植芝先生、大丈夫ですか?まさか冥府魔道のイバラの道に…」と心配になりました。『夢使い』のアニメ化はどうなったのか。

『功名が辻』第12回「信玄の影」

 原作の『功名が辻』では、文庫本全4巻のうち、1巻の8割が過ぎた、というところでしょうか。『功名が辻』、相変わらずおもしろいです。大河ドラマは、役者さんだなあ、とつくづく思います。
 今回、印象に残ったのは、もしかすると初登場だったかもしれませんが、細川藤孝。近藤正臣さんでした。
 里見浩太朗さんの西郷頼母を、風間さんの松平容保が振り回してかわいかった『白虎隊』の土方歳三から約20年、『妖怪大戦争』で、神木隆之介君のお尻に、熱烈視線を向ける猩猩を経て、近藤さんは、「上品なんだけど、どっか胡散くさい」細川藤孝になっておられました。「あ、藤孝だ」とテレビ画面に向かって、思わず言ってしまいました。「あ、藤孝だ」って、あなた、友達ですか。いや、思い切り誉めているつもりなのですよ。
 言うまでもなく、細川藤孝は、このドラマの中で、主役の千代や一豊君はもちろん、秀吉や信長、堀尾さんや中村さんといった、レギュラーメンバーに比べると、(おそらくは)出番の非常に少ないキャラクターです。
 毎回、ドラマの中心となって活躍するキャラクターは、また、回を重ね、見慣れるにつれ、もともと持っていたその人物に対するイメージが、役者さんのイメージで上書きされていくキャラクターでもあります。
 ところが、細川藤孝のようなキャラクターは、そういったキャラクターとは異なり、場合によってはほんの一瞬の出番で、「あ、○○」って、見ている人に思わせることができるか否かに、キャスティングの良し悪しも、演技の良し悪しも、かかっていると思うのです。
 その点、今回の、細川藤孝=近藤正臣は、大成功だったように思います。光秀と対面する短いシーン。義昭から暇をもらい、隠居する、と話しながら、隠居後の号は、こんなのを考えてるんだ、と(この時点ではお友達の)光秀に明かす、ちょっと得意そうな顔。勝手ながら、つくづく、藤孝だなあ、と思いました。近藤さんに藤孝役を振った人にも、もちろん、近藤さんご自身にも、私的には、100点差し上げたい気持ちです。特に、先にもあげた『妖怪大戦争』の猩猩役で、自分の中の印象が「赤くてエロいおっさん」になっていた近藤正臣さんには、お詫びもしたい。

 心のままに書いていたら、存外に長くなってしまいました。

 今回、他には、一豊君と六平太のアクションシーン、および武田信玄が不治の病と知らせにきたときの秀吉と、信長、光秀のやり取りが、特におもしろかったです。吉兵衛の《泣いておりますが~》も良かった。光秀は、誰と絡んでもおもしろいですね。ラストの、悲嘆する光秀の肩に、妻のお槙の方が手をかけようとして(?)、結局かけなかった辺りなど、グッときました。
 一豊君と六平太のアクションでは、一豊君に、織田の情報を毛利にいる自分に流せ(そうすれば、織田がダメになったときにも毛利で拾ってやる)というようなことをもちかける六平太に、「一豊君にそんな難しいこと無理です!」と思いました。小りんが、あんたほどの腕があれば、野武士の頭領になれる、と一豊君を誘ったときには、「腕はいいけど、頭がとてつもなく…だから、野武士の頭領は無理だと思います」と思いました。
 今回、1つだけ「要らなかったかな」と思うのは、槇島城で最後に信長が刀を振るったシーン。
 去年の義経が着ていてもおかしくないような鎧に、鎌倉の執権殿のような烏帽子の義昭と、黒赤の「お館様カラー」で無駄のないデザインの鎧でかためた信長の対比。颯爽と庭に現れ、光秀の労をねぎらう信長と、その信長から背中で這いずるように逃げる義昭の対比。うーむ、かっこいい、と思いながら見ていただけに、最後のブンッは要らなかったんじゃないかな、と。

埴輪・土偶・古墳

 ものすごく久しぶりに『おねがいマイメロディ』を見たら、主要女子キャラが総出で変身して歌っていました。何と言うか、既視感にあふれた画面です。
 ところで、Yahooトピックスに相変わらず踊らされている私は、4月から始まる深夜アニメ『THE FROGMAN SHOW』を楽しみにしています。特に、「古墳GALのコフィー」は、この分野の実写、マンガそれぞれにおける先駆者の『おーい!はに丸』や『土偶ファミリー』に負けない名作になる予感がします。
 問題は、同番組が、名古屋テレビでも放送されるかです。



間違えました。

 昨日の日記を読み返して気づいたこと。
 ヘドラは、『スペクトルマン』(再び『宇宙猿人ゴリ』と言うべきか)の怪獣ではありません。ヘドラは、『ゴジラ対ヘドラ』に登場した、すなわちゴジラシリーズの怪獣です。『スペクトルマン』のヘドロ怪獣は、ヘドロンです。お詫びして、訂正いたします。

宇宙猿人ゴリとラー

 『魁!!クロマティ高校』のDVDを見ました。今日は、兄家の娘さんの卒園式で、卒園証書などを見せに娘さんたちが家に来てくれたついでに、兄が持ってきてくれたのです。特典に絶対校歌が入っていると思ったのに、入っていなかった、と憤慨していた兄は、子どもの頃、巨人ファンでした。

 さて、映画の『クロマティ高校』は、実写の神山が漫画の神山そのもので驚きました。フレディは、一瞬誰だか分かりませんでした。「外国の人かな?」と普通に思いました。
 他のキャラクターでは、マスク・ド・竹之内で板尾さんが出ているのが嬉しかった。板尾さんは、下の名前が良いなあ、といつも思います。創造の創に路肩の路と書いて「いつじ」。漢字も読みも良いなあ、と思います。

 話はかわるけどよ(林田調)、出ていること自体は知っていましたが、まさか歌までやるとは驚きました、ゴリとラー。『スペクトルマン』(『宇宙猿人ゴリ』と言うべきか)のテーマも、メカ沢の戦闘シーンで使われていましたね。
 10年くらい前、昔の特撮番組から、割とマイナーなものを紹介する、というような内容の番組が、確か中京テレビで放送されていました。『スペクトルマン』は、最初、それで見ました。どの話だったかは忘れましたが、毎回、紹介している特撮番組から何話かを選んで流すのですね。それで、『スペクトルマン』は、特におもしろかった覚えがあります。
 何年か後に、ケーブルテレビで見たときは、ゴリが最後に見せた、ラーへの深い愛に感動しました。
 惑星Eを追放されて以来、ずっと自分に従ってきてくれたラー。普段は、そこら辺のゴリラを洗脳してラー2号にしたりと、少なくともラーがゴリを思うほどには、ゴリはラーのことを思っていないようにも見えた2人だったけれど、やっぱり、強い絆で結ばれていたんだね。もしかすると、ラー以上にゴリは、ラーがいなくなって、1人ぼっちになることを恐れていたのかもしれない。だから、ラーを失って、もう生きていこうという気もなくなってしまったんだね、と。
 書いてて切なくなってきました。
 その番組では、『スペクトルマン』の他にも、猿つながりで『猿の軍団』や、筋肉少女帯の「おもちゃやめぐり」にも、その名が登場した『トリプルファイター』など、たくさんの特撮番組が取り上げられていました。しかし、この番組、他地方の方に聞くと、皆さん「知らない」と言われるので、もしかしたらローカル番組だったのでしょうか。

 再び話はかわるけどよ『GOD SAVE THE すげこまくん!』の2巻には、やたらと『スペクトルマン』ネタが出てきます。もしかすると、永野先生の中で、この頃『スペクトルマン』がブームだったのかな、などと想像しながら読むと楽しいです。19話の「さいはてのチャレンジ20,000km」なんて、ゴリとラーそのものが出てきますもの。11話にはヘドラですし。

 三度話は変わるけどよ、永野のりこ先生といえば、最近、アマゾンなどがあって本当に良かった、と思うのは、ちょっと家族には知られたくないタイトルの本などを買うときです。
 中学生のときに、永野先生の『ハネムーンプラネット』が欲しくて、近所の本屋で注文しましたところ、「ご注文いただいた『ハネムーンプラネット』が届きました」との電話が、本屋から自宅に入ったのです。『ハネムーンプラネット』って、それほどいかがわしいタイトルではないと思うのですが、当時、電話を受けた母には、そうは思えなかったようです。私が本屋でいかがわしい本を注文していたらしい、と悩み、あの子も思春期だから、と自分を納得させたりしていたそうです。ちなみに、『ハネムーンプラネット』が、いかがわしい本でないかというと、そうでもないので、実は母の心配は、あながち杞憂とも言えなかったのです。直接的なえろシーン以上に、親御さんには見せられないような話がたくさんあります。やらしい妄想をしまくった相手の女の子の家へ言って、その女の子が両親にどれほど大切に育てられてきたかを目の当たりにし、自分のした妄想の内容を思い出して《うひゃー》となるとか。子どもが早く寝ついてくれたのを良いことに、夫婦で営んでいたら、子どもが熱でぐったりしているのに気づき、《もう二度とするもんか!!》と悔やむとか。生々しいなあ、と思います。
 パンツの話もコートの話も好きですが、1番「うっ」とくるのは、タイトルにもなっているラストの「ハネムーンプラネット」。新婚旅行から帰って、これから家のことは何もかも自分たちでしなければならないと気づいた光恵さんの、
《がんばらなきゃ 自分でやらなきゃ ここで 私はあそこを出てきたんだから 知らない間にあらかじめあったかのように 奇跡のように 魔法のように 花が咲き ケーキに火がともり 新しい服がたたまれていた おとうさんとおかあさんの家を》
というモノローグに、「うっ」とします。この話の終わり方もすごく好きです。

 今、階下へ行って、初めてわが家に1人で泊まっている、兄の娘さんの顔を見てきました。もちろん、寝ているので、寝顔です。もう小学生だから1人で泊まる、と言って、1人で泊まり、もう小学生だから1人で寝る、と言って、1人で寝ています。
 そんな果敢な彼女に比べ、ここ数年、私はむやみに涙もろくなっています。

『トム・ソーヤーの冒険』

 近所のTSUTAYAでDVDを借りて、世界名作劇場を見ています。今は、『トム・ソーヤーの冒険』、その前は、『ふしぎな島のフローネ』。本放送や再放送で何度も見ているものが多いので、好きな作品の好きな話だけを選んで見ています。
 私が本放送で記憶があるのは、『フローネ』から。熱心に見ていたのは、『フローネ』、『南の虹のルーシー』、『わたしのアンネット』、それから『牧場の少女カトリ』の(おそらく)地味な4作品です。特に『アンネット』は、母によれば、毎週こわいくらい真剣に見ていたそうです。どの作品も、ヒロインが良い子すぎないのが良かった。アンネットに至っては、時に「悪役?」とさえ思うほどでした。

 『トム・ソーヤーの冒険』は、そういうわけで、再放送で見ました。夏休みの朝にやっていたような気がします。平日、学校から帰ったときにやっていたような気もします。ずいぶん後になって、ケーブル・テレビで見たのが、ちゃんと見た最初のような気も…。

 『トム・ソーヤーの冒険』のDVDは、3巻と10巻を借りました。主題歌の「誰よりも遠くへ」が良い。聴くたび、しまった、男の子に生まれればよかった、と思います。世界名作劇場のOPやEDには、他にも良い歌がたくさんありますが、これと『ルーシー』の「虹になりたい」は、誰にでも「名曲です!」と胸をはってお勧めできます。
 3巻は、12話の「ベッキー・サッチャー怒る」が見たかったのです。以前、見たときに、ベッキーが現れた途端に、それまで好きだったエミーからあっさりベッキーに乗りかえたトムに「この野郎」と思った覚えがあったので。この話のタイトルが「ベッキー・サッチャー怒る」なのは、トムがベッキーと結婚の約束をした後で、以前エミーと婚約していたとうっかり言ってしまい、ベッキーを怒らせてしまうからです。今回もやっぱり、「この野郎、トム」と思いました。
 この辺りの話では、ドビンズ先生が青筋をたてながら言う、《トマス・ソーヤ!》が良いですね。ときめきます。
 10巻は、39話「良心の痛み」の、インジャン・ジョーに復讐されるリスクを負ってまで、マフの濡れ衣をはらす証言をするべきか否か、煩悶するトムとハックが、マフのいる牢屋を訪ねるシーンで、不覚にも私、泣きました。酔っ払ってて何も覚えていないため、自分がロビンソン先生を殺したと信じ込んでいるマフが、自分の行いを悔やみ、また、わざわざ牢屋まで来てくれたトムとハックに感謝して、2人の手を握るシーンがもうね…。その後の、法廷で証言した後、本当は真犯人を知ってたんだ、と謝るトムに、マフがお礼を言うのもね、もうね…。
 しかし、インジャン・ジョーは、昔見たとき、ものすごく怖かった記憶があったのですが、今回はそうでもなかったです。


『功名が辻』第11回「仏法の敵」

 今回も髪を下ろしたままの一豊君から。やはりかっこいい。一豊君とは思えないかっこよさです。
 一豊君にドキドキする一方、長澤まさみちゃんの《あんたをいじめたい》にゾクッときました。ここでは一豊君にシンクロ。忙しいです。

 秀吉は、一豊君の言うとおり、どちらも本気だと私も思います。一豊君が死んだかも、という状況になって、さっさと葬式をだそうとしたのも本気なら、その帰還に大喜びしたのも本気。一豊君の解釈は、さすがにお人よしすぎると思いましたが。もしかすると、堀尾さんや中村さんは一豊は死んだと言っていたけれど、自分は生きていると信じていた、と言ったのさえ、本気かもしれません。少なくとも、この人、主観的には嘘をついていないんじゃないだろうか、と思い、秀吉が余計に怖くなりました。

 さて、今回、もう1人怖かったのが信長。機嫌よく笑っていた一瞬後には、激昂して怒鳴りつけてくる、というのは、『秀吉』の渡信長でもありました。舘さんの信長は、ちょっとした瞳の動きや、首の動かし方が、この人悪い意味でちょっと普通じゃない、と思わせるところが、非常に怖かったです。
 《みつひで、そなた坊主か?》の首右左が怖い。《みつひで、そち何ゆえ坊主の肩をもつ》、《仏の怠慢ぢゃあ》、《そち、まこと仏を信じておるか?》の一連の台詞が怖い。《そち》が怖い。「じゃ」が「ぢゃ」に聞こえるのが怖い。しかし、信長の主張そのものは、行動も含めて一貫性があり、内容も、少なくとも現代に生きる私たちには、それほど理解不能なものではありません。やっぱり、秀吉の方がより怖いかな。
 光秀については、比叡山攻めに反対し、しかし現場では《僧俗男女の…》と信長の言葉を呟きながら冷酷に刀を振るわせる姿に、やるとなったら徹底的にやってしまう、しかし、自分自身で罪を受けとめきれず、結局信長に縋るしかない、この方の潔癖さと弱さを感じました。そういえば、光秀と比較して、秀吉は精神的には信長に依存していません。この辺りの描き方が、おもしろいな、と思いました。

 今回、秀次が出てきましたね。槍を教える一豊君の先生ぶりに、一豊君のクセに生意気だ、と思いました。もっと大きな声で、とか言っているのがかわいい。
 秀次君の《なりてゃあのです》で、「たい」になるべきところが「てゃあ」になっているのが、耳につきました。何が正しい名古屋弁かは、実はよく分かりませんが、あ段の後ろにい段やえ段が来ると、あ段がえ段+小さい「や」になるのは、私にもよくあることです。《ただいま》の「だ」が、よく「でゃ」になります。ついでに、え段はよく、い段+小さい「や」になります。い段が消えて、大きい「や」だけのときもあります。信長の舘さんも、台詞をよく聞いていると、時々、「た」が「てゃ」、「だ」が「でゃ」、「け」が「きゃ」に近い発音になっていることがあります。


『功名が辻』第10回「戦場に消えた夫」

 土曜日の再放送で見ました、第10回。

 まず、最初の一豊君と千代のやりとりが、大層かわいかったです。
 特に、一豊君の、どこの女子ですか!?《…わからん》は、小りんが間者だったと千代に悟らせないために言っているのだ、ということが分かっていてなお、一豊君が本当に単に小りんの素性を忘れているかのように見えました。やはり、人間は日ごろの行いが大事です。
 千代の《小りんなんて変な名前》に同感。私もそう思っていました。
 また、放映当初から期待していた、千代が一豊君の側頭部をつかんでブンブン振る、というシーンが見られたことも、今回嬉しいことの1つです。一豊君の大きな頭は、振りでがありそうです。軽いから、そうでもないのでしょうか。
 他に、このシーンでは、戸板に額をぶつける一豊君がかわいかったです。上川さんありがとう。

 一豊君は、黙っておけばよいものを、千代は、それくらいのことでいちいち怒らなくてもよいものを、と周囲に言われていましたが、私、相手に事実を隠さず、感情を隠さないこの2人のやり方は、互いの関係を摩滅させないためには、確かに馬鹿だけれど、正しい方法だと思いました。おお、真面目なことを書いている。次回を見たところ、千代は今後変わっていくみたいですが、変わらなくてよい部分もあるのですよ。

 姉川の合戦にて、落馬して行方不明となった一豊君。近所の耳も憚らぬ大声で《千代ー!》と呼ばわりながら帰ってきたときの、髪の毛を下ろした姿が、意外と美形キャラで驚きました。

 一豊君と千代以外に、今回印象に残ったのは、秀吉とねねの夫婦。この2人、特に秀吉は怖いなあ、と思いながら見ていました。
 次回の感想にも書きますが、ここ数回で、信長、秀吉がグングンおもしろくなってきました。さすがは郷土三英傑。この上は、家康にもがんばっていただきたい。

本日のお言葉

 桑田乃梨子『卓球戦隊ぴんぽん5』2巻38頁

 ”正しい”より”楽しい”を選んだのだから 退場や失格はいたしかたない

 ヒレツイエローこと山吹真理さんのお言葉。
 上にあげたお言葉の横には、くわタン漫画名物の手書き文字で、《正しくやって楽しい人のほうが世間には多いのだがね》。1頁前では、《さわやかで学生らしいプレーなど僕はしたくないんだ》。
 真ちゃんは、1年生にして全国大会2位の諒ちゃんこと石黒諒平にも匹敵する実力の持ち主ながら、上にあげたような素晴らしく首尾一貫した姿勢により、試合ではいつも反則負けの困ったメガネ君。ヒレツ大王として、一部女子には人気もあります。
 問題が実力の有無にない分、先天性卓球センス欠損症の裕次郎や、ドロンパアンソニーよりも、実は問題児の真ちゃんですが、とにもかくにも彼の姿勢は一貫しているので、その言葉は、時に誰の言葉よりも、優柔不断な気持ちの胸に、グサッと突き刺さります。
 卓球は人より上手いからって、ムリヤリやらされてたみたいなものだったという諒ちゃんに、人より上手かった、っていうのはきっかけにすぎない、とスッパリ。

 継続する力の源は いつだって”好き”だよ

 言われた諒ちゃんは、山吹ごときの発言に動揺してしまった、と不本意そうでしたが、山吹ごときの発言だからこそ、動揺してしまったのですよ、世話やきブラック君。ふふふ…。

 オマケに、ヒレツ大王のヒレツ技一覧。面倒なので、とりあえずコミックスの1巻2巻のみから。
・最初に相手の頭にボールをぶつけビビらす(1巻45頁)
・手が滑ったフリをしてラケットをお見舞いする(1巻47頁 未遂)
・諒平のスニーカーに画鋲を入れる(1巻71頁)
・「山吹メモ」の内容を諒平の耳元で囁き動揺させる(1巻78頁)
・対戦相手校の女子マネージャーをたらしこんで試合前の選手たちに下剤入りのスタミナドリンクを飲ませる(1巻99頁 中学時代)
・粉末睡眠薬入りエクスチェンジボール1号(1巻108頁)
・棘つきボールのイエローローズビューティフルサーブ(2巻11頁)
・点検したラケットにカミソリ(2巻14頁 回想)
・ヒレツ大王なのにヒレツ技を使わずマジメにプレーして精神的に追いつめる(2巻106頁)
・生徒会長に消しゴム判のアドバイス(2巻119頁)
 ほかに、作成のみのものとして、トウガラシ入りのエクスチェンジボール2号、ラー油入りの3号(2巻36頁)、毒入りボール(2巻122頁)、考案のみのものとして、ボールを孵る直前のヘビの卵とすりかえる(2巻38頁)。


『さんさん録』1巻

 こうの史代『さんさん録』1巻を買いました。きゅうりなますのつもりが、サバの味噌煮になる話が好きです。今、2回目を読んで思いました。なるほど、だからサブタイトルが「理想と現実」なのか、と。最上段が「理想」なのね。

 『長い道』は、私は単行本でしか読んでいないのですが、ラストのエピソード「いつか来た道」で、荘介が道に、《わかるよ もう長いつき合いなんだから》と言う、物語の締めの見事さに驚きました。分かり合う、という過程をすっ飛ばして結婚したがゆえに、お互いのことが分からず、しかも、相手への無関心を疑ってしまうほど(そういう部分もあると思います)そのことが夫婦として一緒に暮らすうえで障害にならない2人。その2人の着地点として、これ以上ないほど見事な場所だ、と思いました。
 たとえば、「雨音」。道が初めてシリアスな顔を見せる話です。
 あらすじは、次のようなものです。
 雨続きで洗濯物が乾かず、道は、タンスの奥にしまわれていた、妙な柄のワンピースを着て出かけます。コインランドリーに行き、一度帰宅し、バイトに行った帰り道、彼女は橋の上にたたずみ、激しい雨に波紋を広げる、川面をじっと見つめます。その手には、多分「けんか傘」のときの物と同じ物であろう傘。「竹林どの」の傘です。道が初めて見せるシリアスな顔、というのは、このときの顔です。その夜、布団の中で、波紋のぐるぐるを思い出し、目を回す道。ギャグっぽいコマですが、彼女の横に延べられた、荘介の布団は空っぽです。ここまでで2頁。頁が替わり、雨上がりの朝、道は洗濯に勤しんでいます。そこへ、いかにも疚しいところのある様子で、荘介が帰宅します。朝帰りです。しかし、電車が、傘が、と言い訳をする夫に、妻はまったく取り合いません。道はただ、荘介に服を脱ぐよう促し、その服を洗濯します。ラストは、道の浴衣を着せられ、釈然としない表情の荘介と、ベランダに並んでお茶を飲む道。
 ここでは、妻の(おそらく自らの過去に対する)激しい感情は、夫にぶつけられることなく、また、夫の(これは自らの不実に対する)後ろめたい感情も、妻に受け止められることなく、ただ、淡々と流されていきます。お互いに、踏み込ませないのではなく、踏み込まない。
 こんな2人は、どんな結末をむかえるんだろう、と期待半分、不安半分で読み進めたらば、先に述べたようなラストですから、ああ、これハッピーエンドの話だったんだ、と随分安心しました。ラストまで行って、やっと安心できました。もちろん、それまでも散々前フリはあったわけですが。ラストまで読んで、最初のときと一見同じ荘介、同じ道、同じ2人なんだけど、実は違う荘介、違う道、違う2人になっているのに、上手いなあ、と思いました。変わらない日常の中でも、きちんと人は変わっていくんだよ、と。

 そんなこうの史代マンガですから、『さんさん録』は、2巻が今から非常に楽しみです。参平と仙川さんがどうなるのか、今のところ広島であることくらいしか分からない礼花の実家は、そして、乃菜はいつまでとろろ昆布の好きな乃菜でいてくれるのか。3年2組奥田参平君が、《あした衣替えだ》と言う相手が、「かあさん」でなく、「ばあちゃん」なのも。

 ついでに、同じ本屋で小泉武夫の『くさいはうまい』と『ぶっかけ飯の快感』も買いました。『もやしもん』に影響されているのですよ。そして、『くさいはうまい』に影響されて、スーパーで甘酒も買いました。影響の連鎖。甘酒は本来夏の飲み物だそうですが、やはり寒い日に飲むとおいしいです。今日は、名古屋では午後から小雪がちらつき、思わずイルカの「なごり雪」を口ずさみました。「なごり雪」は、うちの母の好きな歌で、風呂を洗いながら私が歌っていたら、台所にいた母が唱和しました。これも1つの労働歌です。冷たい甘酒もおいしいですね。お祭りで飲んだことがあります。あれは確かに夏の飲み物でした。





『功名が辻』第10回 見られず

 本日21時30分帰宅。
 大河は衛星で!と思いながら帰ったらば、家族が衛星放送の見られるテレビで、日曜洋画劇場を見ていました。『トゥームレイダー2』は2階で見てください、とお願いしたところ、2階はコタツがないから嫌です、と断られました。一豊君は、土曜日までオアズケです。そろそろコタツも片づけなければ。
 そういえば、先週の感想を書いていませんが、長澤まさみちゃんのくのいちが、恥ずかしくて直視できませんでした。特に一豊君に迫るあたり。六平太と一緒にいるときの、ちょっと悪めな雰囲気の方が、冷静に見られました。


のんちゃん

 すでに親しい間柄の人を、肩書きや階級で呼ぶ、というのにときめきます。
 『ときめきメモリアル2』では、赤井ほむら嬢を卒業まで「会長」と呼び続けました。
 某鋼における焔の大佐は、中尉や少尉には、常に「大佐」と呼ばれてほしいです。ロイとか要らない。そんなのヒューズさんだけで十分です。間に合っています。
 鳥口君や又市さんは、いついかなるときでも、関口君や百介さんのことは、「先生」が良いと思います。
 
 姓や名の一部を縮めて「ちゃん」付けも、良いですね。呼ぶ人も呼ばれる人も選びますが、ハマッたときには、肩書きで呼ぶのに勝るとも劣らぬときめき具合。
 某ベーシストの「きーちゃん」、某サッカー選手の「なっちゃん」。榎さんや関口君の「敦ちゃん」も大好きです。
 つまり、何が言いたいのかというと、先ほどまで見ていた『抱きしめたいっ!』で、今田耕司がフットボールアワーの岩尾を「のんちゃん」と呼んでいて、それがとても良かったのです、ということなのです。

2回目のバトン すぐやるバトン

 昨日、ここで書いた私の「見た人はすぐやるバトン」を、友だちがやってくれました。彼女のところでそれを見てしまったので、2回目の「見た人はすぐやるバトン」。一度やったらもういいよ、とはどこにも書いていないので。

見た人はすぐやるバトン
※ 見た人はすぐにやってください。一度やった人は、二度はやらなくてよいです。

・今、どこに居る?
  自宅の自分の部屋

・今、一番近くに誰が居る?
  階下の居間に父がいるはず。

・今、どんな服装?
  部屋着
  紺色のトレーナーにジーパンです。

・今、何食べたい?
  バームクーヘン

・今、何飲みたい?
  コーヒー
  コーヒーは、これを書き終わったら、淹れて飲みます。バームクーヘンは…どうしよう。

・今、真後ろには何がある?
  椅子の背もたれ
  その後ろには、昨日と変わらずコピー用紙の山

・今、まわりを見渡して、いちばん目についたものは?
  やっぱりジェイソン
  このジェイソンに捧げる「ひかるジェイソン」という歌を作りました。

  「ひかるジェイソン」

 1.プレゼントにジェイソン
   この前の誕生日
   蛍光プラスチック
   わたしのジェイソン

 2.クローゼットにジェイソン
   13日の金曜日
   蛍光プラスチック
   わたしのジェイソン

 3.ブランケットにジェイソン
   ロードショーの金曜日
   蛍光プラスチック
   わたしのジェイソン

  3番まで作って、お面のジェイソンを歌っているのか、映画のジェイソンを讃えているのか分からなくなったので、やめました。3番が特に意味不明ですが、金曜ロードショー等で『13日の金曜日』を観賞する際、こわくて頭から毛布をかぶって見たりしていたのです。

・今、誰に会いたい?
  又市さん

・その人に今伝えたいことは?
  さっさと先生のところに行け!

・今一番歌いたい曲は?
  「MOON RIVER」 ハイポジの日本語版で
   《ムーンリバー つーきの川ー》
  次点で「春の小川」
   《すーがた 優しく いろ美しく》
  辺りからがグッときます。誰かの背中を、そっと押してあげるような存在にグッときます。

・今の体調は?
  左手のひとさし指がふかづめ

・今どんな気持ち?
  某サッカー選手が引退に際して明かした秘密にびっくりしています。


森へ行きましょう お兄さん

 「森へ行きましょう」という歌があります。
 『オレたちひょうきん族』の絵描き歌のコーナー、あるいは『イブの息子たち』の《わたしはカラヤン》の、あの歌です。
 あの歌の、《ランラララン ランラララン ランラーララン》が、「アンパンマン 食パンマン ジャムおーじさん」に聞こえて仕方がありません。

 アンパンマン 食パンマン ジャムおーじさん
 アンパンマン 食パンマン ジャムおーじさん
 アンパンマン 食パンマン ジャムおーじさん
 あっというまに バタコさん

 食パンマンがバイキンマン、バタコさんがドキンちゃん、な場合もあります。どちらにせよ、アンパンマンとジャムおじさんは外せず、どちらにせよ、カレーパンマンは出てきません。

初めてのバトン すぐやるバトン

見た人はすぐやるバトン

今、どこに居る?
 自宅の自分の部屋

今、一番近くに誰が居る?
 誰もいません。
 しいていうなら、隣の家の人

今、どんな服装?
 薄緑色のVネックセーターに黒のパンツ
 帰宅したままの格好ですよ。

今、何食べたい?
 丸干しとか、サンマの内臓部分とか
 苦みのある物が食べたいです。

今、何飲みたい?
 緑茶
 理由は上に同じ。

今、真後ろには何がある?
 椅子の背もたれ
 その後ろには、コピー用紙の山があります。

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今、まわりを見渡して、いちばん目についたものは?
 ジェイソンのお面
 暗いところでは光ります。

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今、誰に会いたい?
 『巷説百物語』他に出てくる、御行の又市

その人に今伝えたいことは?
 先生が待ってますよ。

今一番歌いたい曲は?
 L⇔Rの曲
 今、『Doubt』を聴いているので、その中で
 「STAND」でしょうか。

今の体調は?
 可もなく不可もなく

今どんな気持ち?
 穏やかな気持ちです。

『ノラや』

 中公文庫の内田百ケン(ケンは門がまえに月)『ノラや』を読んでいます。いなくなった飼い猫の「ノラ」を思い日々涙する百ケン先生は、猫捜しの広告を色々とうった挙句、終いには「外国人に拾われて飼われているかもしれないから」と英文の広告まで作ります。その後、「ノラ」に似た「クルツ」という猫を飼うらしいのですが、今度はこの猫に、病気で死なれてしまうそうです。まだ、「クルツ」が登場するまでは、読み進めていません。最初、ちょっと笑いながら読んでいたのですが、何だかもう涙で前がくもって、ページがよく見えないのです。まるで、百ケン先生にシンクロしてしまったようです。猫を飼ったことのない私でさえこうなのだから、これは、猫飼いの人にはたまらないだろうな、と思います。

きゃあ、自分ごろし

 おはようございます。毎日、何でかこのくらいの時間に目が覚めます。トイレに起きるの。家族に、子どもみたいですよね、と話したら、むしろお年寄りみたいですね、と返されました。そうかそうか。
 今年は、雛人形も出さず、桃の節句も気づかないうちに過ぎていました。
 昨日、自分が何をしたか、を思い出そうとすると、『ドラえもん』に耽溺していたことしか出てきません。
 ほぼ数年ぶりに、「ドラえもんだらけ」を読みました。初読時と少しも変わらないインパクトでした。笑った笑った。アニメの新ドラでも、ちょっと前にこの回の放送があったそうです。さすがに、《やろう、ぶっころしてやる》も、《きゃあ、自分ごろし》もなかったそうです。残念。
 何でか近頃、私にはドラ波がきているようです。新ドラの映画が始まったからかな。早いうちに見に行かねば。今、聴いている音楽も『ドラえもん』のキャラクターソング、「スネ夫のうた」です。《しずかちゃんのやさしさ しぬほどつらい》に、大長編の『のび太の小宇宙戦争』を思い出します。あれは、スネ夫のための映画だったなあ。


『功名が辻』「ステラ」の信長

 「ステラ」の表紙が『功名が辻』の舘信長で、思わず買ってしまいました。
 他に買ったのは、小学館コロコロ文庫の『ドラえもん[恋愛編]』。収録作品がカバーに明記されていないのが、非常に不親切なシリーズです。「のび太の結婚前夜」が読みたいな、と思って買ったら、「あの窓にさようなら」や「好きでたまらニャい」も収録されていたので、非常に嬉しかったです。「あの窓に~」は、てっきり『[感動編]』だと思っていました。「好きでたまらニャい」は、ドラえもんやのび太の表情が、おもしろくてたまらニャい話です。

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 こんなの。

 「ステラ」表紙の舘さんは、赤と黒の派手な小袖に、月代もまぶしい信長様。ご本人は、オーソドックスな信長ではなく、エキセントリックな、今までにない信長を演じたい、と言っていらっしゃいました。けれども、信長って、マンガ等で描かれる場合は、割と従来から、そういうキャラクターであることが多かったような気がします。孤高の変な人。森川久美『信長 KING OF ZIPANGU』の上様のイメージが強いのかもしれません。最近だと、山田芳裕『へうげもの』。舘さんの信長は、このどちらの信長にも似ていて、そのせいか、私は非常に違和感なく見られます。今回の「ステラ」のインタビューの中で、舘さんが、一豊や千代と信長の距離は永遠に縮まらないものと考えている、神は降りていかない、と話されていました。そう、それだ、と思わず膝を打ってしまいました。ぜひ、最期の本能寺まで、そんな信長様で突っ走っていただきたいです。

 上で少し出てきた森川久美先生の『信長 KING OF ZIPANGU』。これはすごいマンガです。同名の大河ドラマ(緒形直人主演の92年大河)に合わせた連載でした。もっとも、合わせたとはいえ、内容は大河とはまったく違います。そもそも、主人公は架空の武士です。彼の目から見た織田信長の、しかも描かれているのは、信長がすでに京都に入り、安土城を建てた後半生のみ。晩年、と言ってよいかもしれません。信長の生涯における黒い部分、つまり、石山攻めであるとか、浅井父子の髑髏杯だとかを描いて、それでいて、きちんと少女マンガになっています。
 もうね、このマンガは、台詞のひとつひとつが、かっこよくてかっこよくてたまりません。ラスト、久慈三郎(主人公)の叫びと、それに続くモノローグは圧巻。「笑うか 観音菩薩」も、個人的には忘れられないシーンです。秀吉や家康は、ほんの数コマ、あるいは数ページの出演ながら、印象的に描かれていました。金ヶ崎退口での秀吉が良い。そして、何よりも、この内容が1冊になっているがゆえに、全体を覆う緊迫感がすごいです。最近、文庫で復活しました。コミックスで持っているけれど買おうかどうしようか、迷っています。

久世さんが

 久世さんが亡くなられた、ということで、たいそうビックリしています。森繁久彌の語りをもとにしたエッセイ「大遺言」の3冊目『生きていりゃこそ』を、読んでいたときに知ったニュースだったため、何とも複雑な気分です。最期に、聴きたい歌をきちんと聴かれたんだろうか、と1ファンは無責任に心配します。