123号

グランスピアー

今日から東海テレビで始まった特撮『黄金鯱伝説グランスピアー』を見ました。

『黄金鯱伝説 グランスピアー』

変身のかけ声が、「まーかん!」なのが大変たのしい。

名古屋のローカルヒーロー……なので、もう当然のように城がモチーフです。
それなのに、第1話の眼目が、名古屋城の金シャチはダミーで、本物は清州にある……でいいのか?いいんだろうな。

世界を征服する力だったか、転覆する力だったかを持つ覇導石を徳川家康が8つの金シャチで封印したため、妖神オソガイが、3人の怪人を使って金シャチを狙うも、代々金シャチの封印を守ってきた家の息子が、海神トリトンの命を受けてグランスピアーに変身、オソガイの野望をくじく……!というのが、『グランスピアー』のあらすじだと思いますが、採石場で火薬をばんばん使う戦闘シーンといい、3人の怪人のコミカルなやりとりといい、そのうちの一人で、唯一の女性怪人のちょっとしたお色気といい、何とも懐かしい特撮でいいなあ、と思いました。

放送が東海テレビなので、東海ラジオの大スター・宮地佑紀生が主人公のおじいちゃん役で出ているのも、リスナーには嬉しいところ。
しかし、宮地さんが大学生の「おじいちゃん」役というのに、ちょっとショックを受けました。
おじいちゃん……お父さんじゃないんだ。
そんな年か?と思って、今調べたら1949年生まれで、やっぱりちょっと若いおじいちゃんでした、良かった。

ところで、主人公にグランスピアーへ変身する力を与える神様がトリトンなのは、どうしてなんでしょうか?
シャチ=海にいるものだから、のトリトン?(だったらむしろポセイドンじゃないのか?)
それとも、まさかの名港トリトン?

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眼福

一つ下の記事に書いた本に触発されて、『平清盛』の録画を見返しています、いま。
主に『清盛』の後半を見ているんですが、本放送のときには、何だかそれどころじゃなくて、あんまり気づきませんでしたが、改めて見ると、このドラマ、びっくりするほどイケメン祭りだったんですね。
次から次へと、それはもうきれいな男の子ばかりが現れる。
個人的には、最終回の清盛in西行と対面する頼朝、義経の最期、子兎丸の船出が何と言うか……。
ほぼ涎出る感じで、ポカーンと口開けて見ておりました。

『平清盛』 見てます

今。
18時からBSで見て、今、二度目の視聴中。
壇ノ浦、と言われると、高山樗牛の『平家雑感』は、
「願はくは源氏となりて興らむよりは、むしろ平家となりて亡びなむ」
が思い出されます。
その年の大河ドラマが気に入ると、一年通して、関連する色々な本など読む機会が増えます。
いいこと、というか、大河にまつわる楽しみの大きな一つです。
『平清盛』は、特に、そういう楽しみに繋がるフックが、たくさん仕掛けられていました。
私は、心の内でひそかに、レファレンス大河と呼んでいたほどです。
重盛の「疾ク死ナバヤ」のおかげで、最近は、『愚管抄』にもチャレンジしましたよ……挫折しましたが。
そして、そういう中で、『「落人伝説」を読む』という新書も読みました。
おもしろかった。
著者が、ざっくり言うと失礼ながらおじいちゃんなので、今日びの子供たちには、「宇宙戦士ガンダムなどが英雄らしいが」などと書いているところがほほえましい。
清盛が常盤御前を、勝者によるサディスティックな獣欲の餌食にする場面には、筆が踊ってしまうところも、ある意味ほほえま……しいか?
とにかく、その中で、著者の小中学生の頃(昭和のはじめ)、壇ノ浦のクライマックスであるところの平家一門の入水について、
「このとき、清盛の妻、二位の尼が、おそれおおくも幼帝をお抱き申しあげ『波の底にも都ぞ候ふぞ』と船ばたから身を躍らせた。かしこくも、一天万乗の君を己ら一族の道づれになしたてまつった、その不忠は筆舌に尽くしがたい」
と国語の先生から教えられた、と書いてあるのを読んで、これか!と膝を打ちました。
『平清盛』について、悪役のイメージのある平家を~と様々なところで書かれたり言われたりしていても、これまで、どうもピンと来なかったのが、そうか、確かにはっきりと平家が悪だったときがあったのだな、と。
しかし、まさかそこだとは思ってもみなかった、昭和50年代生まれ、不覚。

ところで、『平清盛』の最終回は、ほとんど頼朝のナレーション祭りの様相を呈していますが、「私は弟の屍の上に~」は良かったな、グッときました。
この調子で、できれば、ストーリーガイドには書かれていた、鎌倉幕府の滅亡についても一言ナレーションで入れてほしかった、頼朝が死んでいきなり室町幕府に飛んだから、一瞬、え?ってなりました。
最後の最後が、「平清盛なくして武士の世は、なかった」だったのは、ちょっと前にいろいろうだうだ書いた身として震えました。
やっぱり?やっぱり?そうよね、という感じで、先ほど西行が変身した幻の清盛と対面した頼朝の瞳がキラキラしていたのと合わせて、公式サイトでのクランクアップ時の頼朝のコメントも合わせて、ノーベル親子賞を差し上げたい。
しかし、公式サイトでのクランクアップ時の~と言えば、重盛のコメントも捨てがたい。
実の息子やはり強し、という感じで。
そういえば、ネットをうろうろしていたら、あの「疾ク死ナバヤ」について、重盛は父親に甘えていたんじゃないだろうか、とツイッターに書いていらっしゃる方がいて、親子に関しては珍しく、負けた!と思いました。
すばらしい解釈です。
アカデミー助演親子賞もの。
しかし、『平清盛』には、一年とおして、様々な姫が大勢出ましたが、一番きれいに見えたのが、今日の壇ノ浦で入水する直前の時子のアップだったのは、深キョンの底力を見せられた感があります。
あと、(たぶん)大木が倒れるときの音をSEにしての清盛の倒れ方も、これが主役の底力だな!と。

一年楽しかった。
50回短かった。
来週から『平清盛』の続きとしての『源頼朝』とか始まってもかまわんよ?
『北条義時』でもかまわんよ?

『平清盛』

見ました。
高倉上皇と徳子の清純な夫婦愛に、この私が(とあえて書く)不覚にもグッときたとか、
清盛と時子の、これもある意味清純な夫婦愛にグッときたとか、
堀川局の思い切った老け方に、別の意味でグッときたとか、
いろいろありますが、今週はやはり後白河。
清盛との双六のシーンが、何だかすごかったです。
ここは話を分かりやすくするため、二人のこれまでの名場面をこれでもかというほど入れ、
しかし、それが正解だということは百も承知の上で、
二人の演技だけでも、それらを、つまり、これまでこのドラマで描かれてきた
清盛と後白河の関係、歴史…言葉は何でもいいですが、感じ取れたんじゃないか、と。
双六が終わって、清盛が去っていった後の、後白河の表情が、何とも言えず良かったです。
誤解を恐れずに言ってしまえば、あれは少女のようでした。
次回、最終回で見られると思われる、後白河と頼朝の対面する場面が、いよいよ楽しみです。
最終回……『清盛』が、次回でもう最終回かと、考えるだにさみしさが。
ようやく北条義時も登場したし、来年もこのドラマの続き、やりましょうよ、などと、思わず。

『平清盛』見ました。

手短に感想。
重盛と比べられる宗盛が気の毒である。
麻呂が麻呂すぎて、時にコントに見える。
親子的には、私、本日はじめて、この人(宗盛)も清盛の息子であることを意識しました。
宗盛は、やっぱり忠正との関係だよね、と思いながら見ていたら、回想シーンで忠正登場。
今回は、福原でも鎌倉でも、回想シーンの椀飯振舞である。
回想シーン、清盛の若さが現在との落差でひたすら哀しい。
さよなら福原パーティー。
この大河ドラマは、こういう場面に手を抜かないところがとても好きです。
清盛の心境をそのまま表したかのような歌詞。
鎌倉で、御恩と奉公を始める頼朝。
『北条時宗』の将来を思い出し、普遍のシステムはないな、などと思う。
頼朝の口にする、「あのお方」の響きがとても切ない。
切なすぎて、カルピスの味がするよ。
そういえば、先週の録画を見直したら、頼朝はストーリーガイド通り、平家に問い質したいと言っていました。
あのお方に問い質したい、は己の幻聴だと分かってガックリ。
しかし、そんなガックリなど跳ね飛ばすかのように、頼朝は、若き日の清盛のことを回想。
回想、回想、また回想で、回想しまくった挙句、清盛に入れ込みすぎた頼朝は、時空を超えて矢まで受ける。
清盛が、かつて黄色い鳥羽法王を射た、例の、あの神輿の、あのときの。
時空を超えた清盛そのものであるところの矢に射られて、よろける頼朝。
そして、頼朝の中で一度は分かれた義朝と清盛の道が、また一つになったんだってさ。
さ!
受信料ちゃんと払おう。
いっぱい払おう。
NHKの兄貴、マジありがとうございます。
しかし、今夜はいい夢見られるな、などと、こちらの甘さを許してくれないのも、また兄貴。
重衡の屈託のなさに、正直ゾッといたしました私。
これが平家の純粋培養か……。
清盛は、自分のこれまでしてきたことの、歪みというか、何というか、驕る平家のアレだなあ、と。
アレはもう笑うしかないよな、と。